記録の奥で眠る罪

記録の奥で眠る罪

雨の日の依頼人

封筒の中の写し

しとしとと降り続く雨の午後、事務所のドアが重たく軋んで開いた。 中年の男が深くフードをかぶり、無言で封筒を差し出してきた。 中には、古びた登記簿の写しと、妙に新しい訂正申請書が入っていた。

無言の依頼と不自然な笑顔

「正しい内容に修正してほしいんです」と男は言ったが、目は笑っていなかった。 その依頼は、司法書士として慣れた手続きに見えて、どこか腑に落ちない。 “この訂正は、本当に事実に基づいてるのか?”という疑念が胸をよぎる。

古びた登記簿謄本

昭和の字と平成の印影

謄本には、昭和50年代の筆跡と、平成に押された新しい印影が並んでいた。 登記内容の変更履歴には飛びがあり、平成15年の項目がまるごと消えている。 しかも印影の位置がズレており、まるで誰かが上書きしたようだった。

書かれていない一行

シンドウは手元の資料を繰りながら、登記原因の記載に欠落があることに気づいた。 記録の流れからいえば、あるべき「譲渡」に関する一文がごっそり抜けている。 しかし、訂正申請書にはその“抜けたはずの一行”が当然のように記されていた。

サトウさんの推理

墨とプリンターの違い

「これ、印影が薄すぎます。インクジェットのニセモノですね」 サトウさんは軽く書類を傾け、光に透かして見せた。 「昭和の紙に平成のインク。タイムスリップでもしたんですかね」と呟いた。

塩対応の裏の優しさ

冷たいようで、実はずっと机の隅で調べ物をしてくれていた。 シンドウがコーヒーをいれると、サトウさんは一瞥して「今日はブラックで」とだけ言った。 それでも、その表情はどこか楽しんでいるように見えた。

原本の保管庫へ

管轄外の異動記録

資料を追うと、対象の土地は一度“別の法務局”に移され、再び戻ってきていた。 この間の記録が、原本にも残っていない。 「おかしいですね。正規なら移送履歴の副本が残ってるはずですが」と登記官も首を傾げた。

目録番号が語る矛盾

目録の末尾番号が飛んでいた。 前後の登記に比べて、一つだけ不自然に欠番がある。 それが、失われた原本そのものである可能性が浮上した。

司法書士会からの電話

旧同業者の名前

「シンドウ先生、ご存じですか? 昔ここで懲戒処分を受けた司法書士がいたんですが……」 電話の声は控えめだったが、名前を聞いて、背筋が凍った。 依頼人が持ってきた書類に書かれていた旧名と一致していたのだ。

封じられた懲戒の過去

過去に登記の改ざんで処分を受け、名前を変えて復活した者。 その存在を黙認したまま、記録は消された形になっていた。 しかし、原本はすべてを覚えていた。誰にも見られずに、じっと。

記録の奥で眠る罪

やれやれ嘘も帳簿に残る時代か

「やれやれ、、、紙の方が人間より記憶がいいですね」 シンドウは小さくつぶやき、調査結果を警察に提出した。 登記は修正された。今度は本当に、真実のままに。

シンドウの静かな逆転劇

男は逮捕されたが、シンドウの名前が世間に出ることはなかった。 ただ、司法書士会の掲示板に小さく「協力に感謝」とだけ残された。 それを見てサトウさんは、「昭和かサザエさんかってくらい地味ですね」と笑った。

依頼人の正体

相続人か詐欺師か

調べを進めると、依頼人は名義を偽って土地を奪おうとした詐欺師だった。 実際の相続人は、遠い親戚の女性で、登記に関する知識は一切なかった。 罪の芽は、記録の奥で静かに成長していたのだ。

登記官の沈黙

なぜあの修正を見逃したのか

「我々も、全てを把握してるわけではないんです……」と登記官は言った。 業務の複雑さと人手不足、それが盲点を生む原因になっていた。 だがその一言が、かえってすべてを物語っているようだった。

もう一つの原本

破かれた日付と修正印

書庫の奥から、廃棄処分前の原本コピーが見つかった。 そこには修正印がなく、異なる日付が記されていた。 つまり依頼人の書類は、完全な捏造だったのだ。

結末と、少しの後悔

封筒を見つめる夜の独り言

夜、事務所でシンドウは一人、空になった封筒を見つめていた。 「これがもし、善意の間違いだったなら……」と呟く。 けれど、もう戻れない。記録も、罪も、動かしようがない。

サザエさんの再放送に救われる

ふとテレビをつけると、サザエさんが家を間違えて帰宅していた。 「こっちの方が罪深いかもしれん」と思いながら、シンドウは笑った。 やっぱり、人間なんてどこかうっかりしてるもんだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓