朝の電話と依頼人の違和感
朝一番、鳴り響く電話の音で現実に引き戻された。まだコーヒーすら飲んでいない。受話器の向こうから、依頼人の中年男性が息を切らして何かを訴えているが、焦りすぎていて要領を得ない。
「すぐに来てください!何か、おかしいんです!」その言葉だけを頼りに、俺はスーツのボタンも留めずに車に飛び乗った。
今日も、サザエさんのオープニングみたいに、いきなり靴を履き間違えたが、そんなことを気にしてる暇はない。
珍しく慌てた様子の依頼人
現場に到着すると、依頼人は汗だくで、登記簿謄本を片手に震えていた。「この土地、登記が変なんです…昨日見たときと違うんです…」
見せられた謄本を一目見て、俺の眉がピクリと動いた。確かに、昨日の記録と日付が食い違っている。登記簿が、まるで意志を持ったかのように変わっていた。
だが、法務局でそんなことが起こるはずがない。いや、起こるとすれば、それは人の手によってだ。
法務局ではなく現場へ直行
いつもなら、まず法務局に向かうが、今回は違う。現地を見ずに判断してはいけない。俺は足元の雑草をかき分けながら、境界杭を確認した。
すると、杭の位置が登記簿上の図面と一致しない。これでは、所有権の範囲が変わってしまう。まるで誰かが現実をすり替えようとしているようだ。
この時点で、すでに俺の中ではいくつかの仮説が浮かび上がっていた。
物件調査で浮かび上がる齟齬
登記簿に記載された不可解な時系列
登記簿を再度確認すると、今年の三月に変更された記録があった。しかし依頼人はその変更の記憶がないという。申請書の写しを請求しても、添付書類のコピーが一部欠落していた。
手続きとしては成立しているが、何かが変だ。原因が「売買」となっているが、売買契約書の控えもなければ、登録免許税も微妙に少ない。
俺の中で、なにかが引っかかる。これまでの経験が警鐘を鳴らしていた。
筆界と境界で食い違う証言
近隣住民の話を聞くと、「このブロック塀は前からあった」と言う者と、「最近移動された気がする」と言う者がいた。誰かが意図的に記憶を揺さぶっているのかもしれない。
物証がなければ、推測はただの憶測にすぎない。俺はスマホで過去の航空写真を探し出し、年月を比較して塀の位置が変わっていることを突き止めた。
これは決定的だ。誰かが、土地の形そのものを変えようとしていた。
サトウさんの冷静な視点
所有権移転登記の不自然な日付
「この登記、提出日と受付日が同じなんですよ。普通、ちょっとはズレますよね?」と、サトウさんが静かに言った。
たしかに、通常なら最低でも一日かかる。つまり、この登記は内部の誰かが便宜を図った可能性がある。
塩対応ながらも、彼女の鋭さにはいつも救われる。やれやれ、、、また彼女の指摘に先を越された。
登記原因の中にあった小さなヒント
登記原因が「売買」になっていたが、地元での話では贈与に近い譲渡だったらしい。贈与ならば贈与契約書と印紙が必要になる。
つまり、課税逃れを目的に偽装売買がなされた可能性がある。そこには、司法書士として見逃せない闇が広がっていた。
俺は一気に背筋が寒くなった。これは単なる記載ミスではない。
昔の所有者との接触
なぜか語りたがらない前の住人
前の所有者に電話をかけると、「今さら何の話ですか」と不機嫌な声が返ってきた。まるでこの件に触れてほしくないという空気が漂っていた。
だが、声の奥にはどこか怯えがあった。もしかすると、何かを隠しているのかもしれない。
俺は沈黙を破らずに、その余韻だけをメモに残した。
郵便受けに残された意外な痕跡
廃屋同然の古い家のポストを開けると、折れた名刺が差し込まれていた。それは俺の知る同業者の名前だった。
彼のことを思い出すと、数年前に不正登記の疑いで処分を受けた人物だ。やはり、これはただのミスではない。
ようやく点と点がつながり始めた。
仮登記にまつわる秘密
事件の鍵は数年前の登記申請
数年前に仮登記された記録が一度抹消されていた。それが、今回の所有権移転と無関係であるとは思えない。
仮登記の抹消には、何らかの事情があるはずだ。俺は法務局の閲覧室にこもり、過去の謄本をひたすら追いかけた。
そこには、ある個人名義の謄本にだけ共通して出てくる、不可解な一文字があった。
供託された金額に見えた異常
供託された金額が、通常よりも数十万円高かった。これは明らかに不自然だ。
金額でごまかそうとしたのか、それとも何かの取引の一部なのか。司法書士でなければ気づかないような小細工だった。
俺はそれをメモし、警察に相談することを決めた。
不動産屋の証言と矛盾
営業トークに紛れた虚偽の可能性
地元の不動産屋は、「問題はありません」と言い切った。だがその目は泳いでいた。
昔から、やましいことがあると目が泳ぐ。これはサザエさんで言うところの「カツオが嘘をついたときの目」だ。
俺の中で、確信に変わっていった。
シンドウが気づいた一枚の契約書
山のような書類の中に、コピーされた賃貸借契約書が混ざっていた。それは本来、売買登記には関係ないはずの書類だ。
つまり、誰かがこの家に住み続ける権利を手放していなかったということ。真の所有者は、登記された者ではなかった。
核心に手が届いた気がした。
決定的な証拠を掴む
登記申請書の控えが導いた真相
法務局の古い記録の中に、消されずに残っていた一枚の控え。それが、すべてを明らかにした。
申請人の署名が、印鑑証明書と一致しなかったのだ。つまり、本人の署名ではなかった。
不正登記確定。動機は、遺産隠しだった。
偽造印鑑証明と追い詰められる犯人
俺は警察に通報し、依頼人とともに証拠を提出した。印鑑証明の偽造、供託金の不正、すべてが明るみに出た。
犯人は、前の所有者の親族だった。しかも同業者の名刺は、その者が過去に相談していた証だった。
やっと終わった。やれやれ、、、今日も予定がぐちゃぐちゃだ。
いつもの事務所に戻って
サトウさんは変わらず塩対応
「おかえりなさい。書類、山積みですよ」
淡々とした声で、サトウさんがコーヒーを差し出す。俺はそれを受け取りながら、心の中で頭を下げた。
彼女がいなければ、きっとここまで辿り着けなかった。
書類の山と今日も続く司法書士業
机の上のファイルは山のように積み上がっている。だが、その一つひとつにも、何かしらのドラマが詰まっている。
名探偵だなんて、そんな大層なものじゃない。俺はただの司法書士だ。だけど、少しだけ人の真実を見抜ける。
明日もまた、どこかで誰かの隠された嘘に出会うのだろう。