第一章 不機嫌な来訪者
親族のはずが赤の他人
月曜の朝一番、玄関の引き戸を勢いよく開けた中年女性がいた。顔には仏頂面、手には古びた封筒。無言で差し出されたそれには「遺産目録」と雑に書かれていた。 話を聞くと、亡くなった叔父の相続に関して、自分が正当な相続人だという。だが、戸籍を調べた限り、彼女の名前はどこにも出てこない。
遺言書の筆跡が揺れる
封筒の中には自筆証書遺言が一通。同居していたという老婦人の名前が記され、そこに彼女の名が追記されていた。だが筆跡が微妙に違う。 「叔父が亡くなる直前に書いたんです」と彼女は言うが、遺言の日付の頃、叔父は入院中だったという記録が病院に残っていた。筆記可能な状態ではなかったのだ。
第二章 サトウさんは見逃さない
電話の相手の違和感
その日、サトウさんが電話で誰かと話していた。声のトーンがいつもより一段低い。電話を切ったあと、彼女がポツリと漏らした。「変ですね、あの女性、叔父さんのこと“お義父さん”って言いましたよ」 相続人と主張するなら、叔父を“お義父さん”とは呼ばないはずだ。親戚関係の違和感が、サトウさんの冷静な観察によって浮かび上がる。
遺産目録に記された奇妙な土地
目録に記された土地の中に、見覚えのない地番が混じっていた。私は事務所の登記簿ファイルをひっくり返し、ようやくそれを見つけた。そこには、亡くなった叔父とはまったく関係のない名義が記されていた。 「これ、どういうことですかね」と私がつぶやくと、サトウさんはすぐさま図面を取り出した。「ここ、もともとは誰の名義だったか、見てみましょうか」と静かに言う。
第三章 登記簿の空白
地番と地目が示す矛盾
調べた土地は、登記簿の表題部では“雑種地”になっていた。だが遺産目録には“宅地”と書かれていた。 用途変更があったのかと思いきや、その変更履歴がまったく見当たらない。何かがおかしい。そもそも、この地番の土地が相続財産に含まれるはずがない。
仮登記の謎が語りかける
さらに調べを進めると、そこには十年前の仮登記が残されていた。抹消されていない仮登記。それが、別の人物の名前でなされていたのだ。 それも、今回やってきた女性の旧姓だった。「これはもしかして…」と思った時、背筋に冷たいものが走った。偶然ではない、これは最初から仕組まれていた可能性がある。
第四章 僕のうっかりとサザエさん現象
謄本を忘れて法務局へ二往復
やれやれ、、、とぼやきながら、私は法務局へと向かった。うっかり謄本の請求用紙を事務所に忘れていたのだ。 昔、サザエさんが三河屋で醤油を買い忘れて家に戻るあのテンポで、私は自転車を漕いだ。背中に哀愁を感じながら。
それでも気づいた一本の線
二度目の法務局で、地積測量図を再確認していたとき、妙な点に気がついた。隣接地との境界線に、二重線が引かれていたのだ。 「これ、昔の地積更正登記の際の…」と呟くと、担当官が静かにうなずいた。「昔、この土地の境界をめぐって揉めたんですよ。結局、未解決のままになったようです」
第五章 隠された名義変更
数年前の登記申請に潜む罠
その境界問題が未解決のままだったことで、相続手続がなされていなかった可能性が浮かび上がった。 しかも、その土地に対して数年前、仮登記から本登記への移行申請があったが、途中で取下げされていた。申請者の名は、例の女性と同じ。すべてがつながってくる。
名義人の名前が語る過去
登記簿の過去の記録をたどると、その土地は昔、女性の実父が所有していたものだった。つまり、彼女はもともと相続人どころか、隣地の利害関係者だったのだ。 だが、あえて身分を偽り、相続人として振る舞っていた。土地を取り返すつもりだったのだろうか、それとも別の思惑が?
第六章 カギは地積測量図
境界線が二重に記されていた
測量図には、手書きで記された修正跡があった。それが、仮登記と一致していた部分だった。 境界が曖昧なことで、本来は隣地であるはずの一部が、叔父の土地として誤って登録された可能性がある。それを知っていた彼女は、それを逆手に取ったのか。
古い図面に残された名前
さらに古い図面を法務局で取り寄せると、そこには見慣れた名字が残っていた。それは彼女の旧姓だった。 つまり、この一件は「土地を奪い返す復讐劇」だったのかもしれない。
第七章 錆びた金庫の中の証拠
相続人が語らなかったもう一人
後日、叔父の家を整理していたら、古い金庫が見つかった。中には、過去の相続関係を示す文書と手紙が入っていた。 そこには、「あの土地は誤って登記された。いずれ正すべき」と書かれていた。叔父はすべて知っていたのだ。
火災保険証書が導く真相
さらに火災保険の証書が出てきた。保険対象の敷地面積が、登記簿と一致していなかった。 この矛盾が、決定的な証拠となった。境界線はずれており、実際の面積がずれていたことが明らかになった。
第八章 最後に笑ったのは誰か
真犯人が語った動機
女性はすべてを認めた。「叔父のせいで、父は土地を失った。あれは、父の土地だったのよ」 裁判所の判断を経て、土地の境界は訂正され、相続の範囲も訂正された。だが彼女の偽証は記録に残ることとなった。
土地ではなく人が目的だった
「土地が欲しかったわけじゃない。ただ、真実を証明したかったの」 復讐と正義の狭間で、彼女は自分を見失っていたのかもしれない。だが、もう遅い。
第九章 やれやれの一日
片づけをするサトウさんのため息
夕暮れ、事務所でサトウさんが書類を片づけながらボソッと呟いた。「本当に、土地の話って面倒ですよね」 私は苦笑しながら、冷えたお茶をすする。「やれやれ、、、これでまた一件落着ってやつかな」
シンドウの遅いカレーうどん
夜、近所の蕎麦屋でカレーうどんをすすっていた。麺がのびていた。でも、それが妙に心地よかった。 今日はよく働いた。ちょっとだけ、誇らしかった。
第十章 登記が語る物語の終わり
正しい名義が示す未来
数日後、修正された登記簿が法務局から届いた。そこには正しい名義が静かに印字されていた。 紙の上の名前が、ようやく真実に追いついた瞬間だった。
書類一枚にも真実が宿る
登記は冷たい。だが、そこには確かに人の物語がある。名前、数字、地番の一つ一つが、それぞれの人生の痕跡だ。 私はそれを読む仕事をしている。今日もまた、書類の中から小さな真実を掘り起こすのだ。