筆界特定制度とは何か
筆界特定制度は、民間人同士で解決できない土地の境界争いを、法務局の専門家が間に入り、図面と証拠を基に筆界を特定する制度だ。 しかし、すべての争いを終わらせる魔法の制度ではない。決まるのは「筆界」であって、「所有権界」ではない。 その違いを理解していない依頼者は多いし、悪意をもって利用しようとする者も、中にはいる。
奇妙な依頼人の登場
その日、事務所に訪れたのは、いかにも土地成金といった風貌の男だった。 分譲地の角地にある土地の「境界が怪しいから、特定してほしい」という。 書類を一瞥したサトウさんが小声でつぶやいた。「この人、絶対トラブル起こすタイプですよね」――その読みは、まったくもって正しかった。
古い境界図と新しい境界図
依頼人が持参した地積測量図と、法務局の備え付け図面を見比べてみる。 あれ?という違和感。新しい図面には杭が一つ増えていた。それが筆界を大きく変えてしまっている。 その杭の出現時期が問題だ。図面だけでは断定できない。まるで名探偵コナンのトリック回みたいに、意図的に仕組まれた気配がある。
消えた境界杭の謎
実地調査に行った日の朝。杭が、一本だけ消えていた。前回の確認時には確かにあったはずだ。 シロートなら見落としたかもしれないが、こちらは一応プロの司法書士だ。測量士と確認し合い、記録写真もある。 「誰かが意図的に抜いた可能性がありますね」と測量士が呟いた。やれやれ、、、また厄介な案件の予感がする。
隣地所有者との対立
隣地の所有者は、いかにも気の良さそうな老婦人だった。 「うちの土地を削るような線を引かれても困ります」とおっしゃる。その主張も尤もだ。 だが、依頼人は「元の杭が正しい」と譲らない。両者の言い分は完全に食い違っている。
不自然な現地立会い
筆界特定の立会い当日、依頼人はスーツにネクタイという妙に気合の入った装いで現れた。 その一方で、測量士の助手が不在。代わりに、なぜか別の土地家屋調査士が同席している。 その顔を見て、サトウさんが一瞬目を細めた。後に判明するが、この人物こそが黒幕だった。
サトウさんの冷静な観察
「シンドウさん、あの調査士、過去に筆界特定でトラブルになったことがあります」 昼休みにコーヒーを飲みながら、サトウさんが淡々と調べ上げた情報を伝えてくる。 いつもながらその情報力と冷静さには舌を巻く。僕がカツオなら、彼女は完全にサザエさんポジションである。
登記簿に記されたもう一つの真実
登記簿を精査していくと、依頼人の土地の所有権移転には妙な点があった。 境界のトラブルが発生する直前に、土地を別会社へ売却していたのだ。 つまり、依頼人はすでに当該土地の「所有者ですらない」ことになる。
法務局に眠る旧記録の影
法務局で古い図面を取り寄せると、そこには明確に「杭の位置」が記載されていた。 そしてそれは、老婦人の主張と完全に一致していた。 ここまで来れば、トリックは見えてきた。依頼人は杭を意図的に動かし、土地の面積を拡大しようとしていたのだ。
測量会社からの匿名の電話
その夜、事務所に一本の電話が入った。「あの杭、抜いたの、依頼人の指示です」 匿名ながらも決定的な証言だった。録音も残してある。 まるで金田一少年の犯人自白のような展開に、思わず苦笑してしまった。
司法書士シンドウの違和感
ずっと引っかかっていたのは、依頼人が異様に「杭の場所」に執着していた点だった。 普通の依頼人なら、筆界が特定されれば満足する。しかし彼は終始「杭の復元」にこだわっていた。 それは「杭こそがトリックの鍵」であることを、彼自身が知っていたからだ。
ある過去の筆界特定申請の記録
調べると、5年前にも同様の特定申請があり、今回と同じ調査士が関わっていた。 そこでも杭が抜かれ、結果的に面積が拡大したとされていた。 まるで連続事件のような様相を呈してきたが、今回は証拠が揃っている。
欲望と土地が交差する場所
境界というのは、物理的な線だけでなく、人間の欲望の境でもある。 それを越えてしまうと、もう後戻りはできない。 今回の依頼人は、わずか数平米のために自分の信用すら失ってしまった。
再調査と真相の浮上
再度、法務局に提出された調査資料により、杭の位置が正式に否定された。 老婦人の土地が守られたことで、ほっと胸を撫で下ろす。 依頼人は筆界特定制度を悪用しようとしたとして、関係各所に報告されることになった。
意外な黒幕とその動機
真の黒幕は、依頼人ではなく、共謀した土地家屋調査士だった。 過去の申請でも報酬を裏金で受け取っていた形跡がある。 司法書士と違って、あちらは調査や指導があまり入らない。そこが抜け穴になっていた。
最後の杭と結末の一手
法務局の是正により、杭は正しい位置に戻された。 土地の面積は減ったが、老婦人の笑顔が見られたことが何よりの救いだった。 「やれやれ、、、今日もまた、杭一本で人生が変わるって話だな」そう呟いて、帰りに缶コーヒーを買った。