消えた登記簿と未完の相続
午後の静けさに届いた封筒
蝉の声が響く昼下がり、事務所のポストに分厚い封筒が投げ込まれていた。差出人は地元では有名な旧家、安藤家。何やら一筋縄ではいかない匂いがする。開封してみると、古びた登記事項証明書と共に、手書きのメモが一枚。
遺産分割協議のほころび
「兄が死んでから土地の名義が兄のままなんです」と書かれていた。添えられた書類には遺産分割協議書の写し。しかし、それには一人分の署名が見当たらなかった。問題は、その署名が「行方不明の長男」のものであるということだった。
被相続人の知られざる過去
戸籍を辿っていくと、亡き安藤氏には認知された隠し子がいたことが判明する。長男とされていた人物は、実は次男。これはただの相続問題ではない。登記簿の記録と家族の記憶が食い違っていた。
謎の依頼人が語る事情
兄の遺言は本当に存在していたのか
事務所に現れた依頼人は、眼鏡をかけた神経質そうな男性だった。「兄には遺言があったんです。けれど、探してもどこにもない」──その口ぶりには切実さと焦りが滲んでいた。遺言書が存在しない限り、法定相続で処理される。
行方不明の長男が残した痕跡
彼は数年前、突然実家を飛び出し、そのまま消息を絶っていた。だが、住民票の移動履歴を調べると、意外にも隣町のアパートに一時住んでいた形跡があった。そこにあったのは一通の手紙と、焼け焦げた紙片。
登記簿に映る空白
消された共有持分の正体
法務局で取得した登記事項証明書には、不可解な変更履歴が残っていた。かつて「持分三分の一」と記載されていた部分が、なぜか「単独所有」に書き換えられていたのだ。こんな変更、通常はあり得ない。
地番に残された唯一の手がかり
古い地図を照合すると、現在の地番には元々二筆の土地があったことが判明する。まるで名探偵コナンのような細かいトリックだ。地目変更と合筆のタイミングが絶妙に重なっており、それが長男の存在を覆い隠していた。
サトウさんの冷静な分析
表示登記と所有権登記の違和感
「この表示登記、やたらと新しいですね」サトウさんが小さく呟いた。確かに築50年の家屋にしては妙にピカピカの登記だ。そこにこそ、何かを隠そうとした意図があるのかもしれない。
登記識別情報の不自然な再発行
さらに調査を進めると、登記識別情報が再発行されていた記録が見つかった。本来、識別情報の再発行は非常に稀だ。にもかかわらず、再発行の理由も記録もない。これは何かがおかしい。
過去の登記簿を辿る旅
昭和の登記簿が語る嘘
法務局の地下に眠る紙の登記簿を閲覧すると、そこには現在の電子データには存在しない「安藤義一」の名があった。これは、行方不明とされる長男の本名だった。昭和の紙の記録が、今になって真実を語り出す。
地方法務局での意外な証言
「たしかに一度、訂正依頼がありましたよ」窓口の古株職員が記憶を辿って教えてくれた。それは10年前、当時の司法書士によって申請されたものだった。だが、その司法書士はすでに廃業していた。
司法書士の勘と記憶
野球部だった頃の記憶が鍵を握る
昔、安藤義一とは夏の大会で対戦した記憶がある。あの時の彼のフルネーム、忘れるはずがない。まさか、あの四番バッターが、相続の鍵を握っていたとは。「やれやれ、、、人生ってのは時々、マンガより奇なりだな」
書き換えられた筆跡の謎
封筒に残されたメモの筆跡と、古い相続協議書の筆跡が一致しないことに気づいた。これは偽造だ。しかも、偽造されたのは……義一本人によるもの。彼は自らの存在を消すために、法的証明から自分を抹消しようとしていた。
解決への糸口が見えた時
もう一つの遺言書の存在
焼け焦げた紙片の一部に、「公正証書」という文字が残っていた。そこから芋づる式に辿っていくと、公証役場に残された控えが見つかる。やはり遺言は存在していたのだ。
相続登記の手続きに仕込まれた罠
登記を遅らせていたのは、誰かが意図的に遺言を隠し、長男の所在を伏せ、法定相続で進めたかったからだった。その裏には、土地を手に入れたい不動産業者の影があった。
犯人は身近な関係者だった
不動産業者と司法書士の黒い繋がり
かつて安藤家が付き合っていた不動産業者と、その知人の司法書士が登記の操作を行っていた。登記の合筆も、持分の変更も、すべては計画の一部だった。
登記の世界にも潜む犯罪の影
我々のような司法書士が法の番人であると同時に、犯罪の片棒を担がされることもある。油断していたら自分も加担させられる。怖い世界だ。だからこそ、真面目にやるしかない。
事件の全貌と真相解明
登記簿が明かした真実とは
消えた登記簿の裏にあったのは、家族の断絶と、金に目がくらんだ者たちの欲だった。だが、それでも最後に記録は嘘をつかなかった。登記簿は、すべてを覚えていた。
家族の再生と遺産の再分配
義一は姿を現さなかったが、遺言と過去の記録によって、正当な権利は彼に戻された。安藤家の遺産は、ようやく公平に分配されることになった。家族は静かに再び繋がりを持ち始めた。
そしてまた日常へ戻る
サトウさんの塩対応と僕の反省
「だから言ったでしょ、最初から怪しいって」 サトウさんの冷ややかな声が響く。僕はと言えば、結局また雑用と謝罪回りで終わったのだった。やれやれ、、、もう少しスマートに解決したいもんだ。
やれやれまた一件落着だ
事件が終われば、いつもの静かな事務所に戻る。蝉の声が、あの午後の始まりを思い出させた。また何か起きるのだろうか、と思いながらも、僕は次の登記簿に目を通し始めるのだった。