朝の電話と一枚のFAX
気乗りしない月曜日の始まり
いつものように事務所のドアを開けると、なんとも言えない湿気がまとわりついた。天気予報は晴れだったが、俺の心はどしゃ降りだった。週明けというだけで、すでにHPが半分削れているような気分だ。
届いたのは転記済みの契約書控え
デスクに無造作に置かれたFAXの束をめくると、その中に目を引く契約書控えがあった。依頼人の会社から届いたものらしいが、なんとなく印影がにじんで見える。数字も妙に見にくい。疲れているだけか……。
塩対応のサトウさんの一言
微妙に違う数字の違和感
「この数字、前のと微妙に違ってません?」とサトウさんが呟く。俺がコーヒーをこぼしそうになるのと同時だった。「まさか、ただの転記ミスじゃ……」そう思って見直してみると、たしかに金額が違う。6が8になっている。
消されたメモ欄と押印の謎
さらによく見ると、FAXの一部に不自然な白抜きがある。「ここ、修正液ですかね。FAXなのに跡が分かるってことは、かなり雑に消してますね」彼女の目はごまかしが効かない。俺の脳内で警鐘が鳴り始めた。
登記申請書類に潜むズレ
依頼人の言葉と矛盾する内容
午後、依頼人が来所し「間違いなくこの内容で進めてください」と念押ししてきた。しかしその目は泳いでいた。違和感の正体は、登記申請書に記載された土地価格。前回の打ち合わせで聞いた金額と1桁違っていた。
なぜか出てきた二通目の申請書
「実は、古い申請書もありまして……」と依頼人が差し出したのは、さっきのものとは別の書式。こちらの方が自然だった。「古い」という割に日付は今日の日付。明らかにおかしい。
数字の辻褄合わせが崩れた瞬間
手書きから打ち直された日付
申請書をスキャンしてPDFを見比べると、日付のフォントが他の部分と違っていた。サトウさんがさっと拡大して、「ここだけ差し替えてますね」と冷静に言う。文書偽造の可能性があるとしたら話は変わる。
証明書と合わない預金口座の名義
登記に必要な預金残高証明書の名義も、さりげなく違っていた。「この名義、前の書類では法人名義でしたよね?」彼女が示したのは、まさかの個人名義の口座。やれやれ、、、こんな姑息な手で乗り切れると思ったのか。
シンドウの記憶と野球部魂
ダブルチェックの原点はスコアブック
「昔、野球部でスコア付けてた時もさ、数字の間違いが命取りだったんだよな」俺の昔話にサトウさんは「ふーん」とだけ返す。だが、そのスコア精神が今も俺を支えているのは確かだ。凡ミスの奥に真実は潜んでいる。
やれやれと言いながらも再確認
登記内容、添付書類、依頼人の供述、すべてを照らし合わせる作業は骨が折れる。しかしこういうときこそ司法書士の出番だ。俺は「やれやれ、、、」と呟きながら、もう一度全ファイルを開いた。
サトウさんが突き止めた決定的なミス
エクセルの書式と自動入力の罠
サトウさんが「これ、エクセルの関数で自動計算されてたみたいです」と説明してくれた。しかも元データが間違っていたため、全体がズレていたらしい。関数の自動計算、まるで勝手に動くルパンの仕掛けだ。
元データに潜む真犯人の痕跡
さらに、元データの更新者履歴に“税理士補助”と書かれた名前が。つまり、依頼人本人ではなかった。「これは偽装か、あるいは背任の可能性もあるね」俺の中で、何かが一本に繋がった。
辿りついたのは税理士の事務所
古いテンプレートを使い回す習慣
税理士事務所を訪ねると、あっさりと「すみません、前のファイルを上書きしただけです」と白状された。だが、その“だけ”が致命的なのだ。数字を扱う職業が、数字の命を軽く見ると痛い目を見る。
一行消された列の謎
削除された一行には、実は多額の負債が記されていた。これが表に出れば、登記の正当性は崩れる。「隠蔽目的じゃなかった」と言い訳されたが、法の目は誤魔化せない。俺は淡々と証拠をまとめた。
証拠はどこにあるのか
クラウド上の自動保存履歴
最終的な決め手となったのは、クラウドに残された編集履歴だった。消されたと思われたデータも、時系列でしっかり残っていた。まるで名探偵コナンの「時計型麻酔銃」のように、静かに決定打を撃った。
サトウさんの冷静なデジタル捜査
「手がかりは全部ここにあります」と言って、淡々と証拠のスクリーンショットを並べるサトウさん。その姿は、どこかサザエさんのカツオのいたずらを見抜くフネさんのように、絶対に見逃さない目をしていた。
崩壊する偽装連鎖の構図
数字の改ざんと利益の流れ
見えてきたのは、税理士補助が依頼人と組んで会社資金を個人口座に移す構図だった。小さなミスが連鎖して、ついには全容が暴かれるに至った。転記ミスというのは、最初の domino にすぎなかった。
書類一枚が変えた未来
その後、依頼人は「誤解だ」と言い張ったが、もはや言い逃れはできない。提出された修正書類には俺の確認印が押されることはなかった。書類一枚の精査が、未来を変える。そんなこともある。
静かに終わった月末の午後
やれやれと呟いたその帰り道
夕方、外に出ると西の空が少し赤く染まっていた。あれほど騒がしかった一日が、まるで夢だったように静かになっていた。「やれやれ、、、」俺はまた呟いて、コンビニで缶コーヒーを買った。
サトウさんの言葉にまた助けられる
「最初から見抜けなかったんですか?」と皮肉っぽく笑うサトウさんに、「野球部だったから…」と訳の分からない言い訳をした。だけど、俺の背中に当たる夕日が、少しだけ温かく感じられた。