代理の仮面を剥がすとき

代理の仮面を剥がすとき

代理の仮面を剥がすとき

朝の書類の山とため息

机の上に積み上がるのは希望ではなく、絶望的なまでに雑多な登記関係書類だった。 目の前にある封筒を一つ開けるたび、胃のあたりがズンと重くなるのは、きっと気のせいじゃない。 夏の朝、クーラーの効かない事務所で僕はひとり、半ば朦朧としながらシャチハタを握っていた。

代理権の委任状に潜む違和感

その中に混じっていた一通の委任状が、妙に気になった。筆跡が、不自然に整っているのだ。 まるで教科書のお手本のような、味も素っ気もない文字。それでいて、どこか“つくろってる”気配がある。 経験則からくる直感が、胸の奥で小さな警鐘を鳴らしていた。

サトウさんの冷静な観察

「この筆跡、なんか変ですね。前に出したのと違う気がします」 いつの間にか隣に立っていたサトウさんが、そっとコピーを差し出す。確かに、以前の委任状とは別人のようだ。 恐ろしいことに、僕よりもずっと観察眼があるのだ、彼女は。

依頼人の過去に潜む影

登記の対象となる不動産は、地方の古い空き家だった。依頼人は若い男で、話の端々に妙な曖昧さがある。 「前の所有者は叔父で、、、いや、義理の、、、なんて言うか、、、」と要領を得ない。 だが、法務局のデータベースには、明確に血縁関係が記されていないことが引っかかった。

登記簿に残された不自然な時系列

登記の履歴を遡ってみると、ある日を境に急に書類の整合性が乱れている。 変更日と住所の変更届が数日ずれており、どこかに嘘が混じっている可能性があった。 まるで誰かがタイムマシンで過去をいじってしまったような、不自然な時系列だった。

この人が本当に委任したんですか

委任状の署名欄を見つめながら、サトウさんがぽつりと呟く。 「誰かが、名前だけ借りて動いているような感じがします」 その一言に、僕は何かスイッチを入れられたように背筋を伸ばした。

おせっかいな元野球部の嗅覚

登記簿の内容をメモし、僕はあの古い空き家を訪ねてみることにした。 まるで無駄足になる予感しかしないが、こういう時だけは野球部時代の勘が働く。 「こう見えても、ファウルゾーンの小石拾いは得意だったんだよな」と誰にも聞かれずつぶやいてみた。

やれやれ、、、また面倒なことに

現地は予想以上に荒れていた。ポストにはチラシが詰まり、玄関には蜘蛛の巣が張っている。 「やれやれ、、、」つい口をついて出たその言葉に、蚊が一匹耳元で飛び去った。 持ってきた虫よけスプレーを玄関で無駄に噴射して、ふと背後に視線を感じた。

謄本に映るもう一つの顔

後日、戸籍の附票を追い直した結果、新たな住所で“本当の委任者”とされる人物が確認できた。 しかもその人物は、現在高齢者施設に入所中。とても登記の手続きを委任できる状態ではないという。 「それってつまり……誰かが勝手に?」と、サトウさんが眉をひそめる。

なりすまし委任と司法書士の責任

正直、委任状が整っていれば、それを信じるしかないのが司法書士の現場だ。 だが、信じたことで不正が通ってしまったら――責任の所在はどこにあるのか。 答えの出ない問いを握りしめながら、僕はもう一度、法務局の窓口へと足を運ぶ。

サトウさんの決断

「やっぱり直接、話を聞きに行きましょう」サトウさんは迷いのない目で言った。 僕がグズグズしてる間に、もうケア施設の連絡先を調べていたらしい。 ……本当に、頭が上がらない。塩対応なのに、こういう時だけ無言で背中を押してくれる。

真実は仮面の向こう側に

面会した高齢の男性は、はっきりとこう言った。「そんな委任なんて、した覚えはないよ」 つまり、委任状は偽造された。仮面をかぶった依頼人は、他人の権利を勝手に使ったのだ。 全てが繋がった。登記は一時停止、すぐに警察に報告された。

仮面を剥がしたその先で

件の男は数日後に出頭し、不正を認めた。 動機は単純だった。自分の借金を隠すため、身内の名義を利用しようとしたらしい。 結末を迎えた事務所に戻り、僕はコーヒーを一口。「やれやれ、、、結局、こっちが汗をかくのさ」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓