登記簿が映した罪の影

登記簿が映した罪の影

事件の始まりは一通の電話だった

事務所の電話が鳴ったのは、午後もそろそろ眠気が差してくる時間帯だった。
受話器を取ると、やや震えた声の男性が「空き家のことで相談したい」と切り出した。
普通の不動産相談かと思いきや、その空き家には「誰もいないはずなのに人が出入りしている」という。

不穏な声と空き家の登記簿

依頼人は地元の古い地主の息子だった。話によると、その空き家は亡き父の名義のままで放置されており、
最近になって不審な動きがあるという。
私はとりあえず登記簿を確認することにした。事務所の端末から照会すると、名義はたしかに父親のままだった。

サトウさんの即断と冷たい視線

「この人、相続登記してませんね」
サトウさんがそう言いながら、冷たい視線をこちらに向ける。いや、俺に言われても困るのだが。
「まさか相続人が勝手に貸してるとか?」「それなら名義変更してますよ」と即答される。

空き家に眠る異変

実際に現地へ足を運んでみた。住宅街の奥、庭木が伸び放題のその家は、なるほど人気がない。
しかし玄関には新しい靴の跡があり、ポストには誰かが最近取り出した痕跡があった。
「やれやれ、、、また厄介な匂いがするな」と私はため息をついた。

登記名義人はすでに亡くなっていた

近隣住民からの聞き込みで、名義人の父親は数年前に他界していたことが確認された。
だがその後、何者かが勝手に出入りしているとの話がちらほら。
「登記名義が古いまま放置されている家は、犯罪者にとって都合がいい」とサトウさんがぼそり。

境界線の先にある違和感

家の裏手の境界線に立つと、塀の一部が壊されていることに気づいた。
その隙間から見える隣家の倉庫には、何かを運び込んだような形跡がある。
登記簿からではわからない、人の痕跡がはっきりと残っていた。

隣人が語る奇妙な噂

隣の家の老婦人が、ぽつりと語った。「あの家ね、夜中に灯りがつくのよ」
私は一瞬耳を疑ったが、さらに聞くと、「たまに若い男が出入りしてる」との証言が得られた。
どう考えても、正当な使用者とは思えない。

誰も入居していないはずの家

依頼人に確認しても、貸した覚えはないとのこと。
不法占拠か、あるいは名義を偽った何かか――。
調査の糸口は、登記簿の履歴から探るしかなさそうだった。

夜中に聞こえる足音の正体

サトウさんが法務局に出向いて、過去の登記申請書の写しを手に入れてきた。
「この印鑑、微妙に違いますね」――指摘された署名には、依頼人の父親とは別人の筆跡があった。
どうやら、相続がされていない家に目をつけた第三者が、偽造書類で何かをしているらしい。

地役権と嘘の境界

さらに登記簿を詳しく見ると、奇妙な地役権設定がされていた。
何年も前に設定されたことになっているが、依頼人は知らないという。
「これ、後付けで無理に通した可能性ありますね」と、サトウさんがにらむ。

不自然な地役権設定の謎

確認してみると、設定された地役権の目的は「通行権」だった。
だが、その地役権が設定された当時、その道はまだ存在していなかったのだ。
明らかに、後になってつじつまを合わせようとした形跡があった。

古い測量図面に隠された罠

倉庫の位置と登記の境界線に微妙なズレがある。
私は古い地積測量図を引っ張り出し、実測と照合した。
「ずらしてますね、これ」とサトウさんが指摘。故意に境界を操作しようとした形跡があった。

登記簿の文字が告げる過去

何気ない登記簿の備考欄に、「所有権移転未了」の文字があった。
未了、つまり終わっていない移転。これが、真相の鍵だった。
どうやら誰かが、正式な手続を通さずに物件を操作しようとしていたのだ。

名義変更がされていない理由

調べていくうちに、依頼人の兄が生前の父に無断で売却を試みていた事実が浮かび上がる。
しかし買主は、登記に必要な書類が揃わず断念していた。
その買主こそが、今回不法に出入りしている人物だった。

相続放棄の影にいた人物

さらに調査を進めると、依頼人の兄はすでに相続放棄していた。
つまり登記上の名義を動かす資格すら持っていなかったのだ。
それでも強引に契約を交わし、金銭を受け取っていたという証拠が出てきた。

隠された売買と印鑑証明

偽造された委任状には、父親の印鑑証明が添付されていた。
だがその発行日は、父親が死亡した後になっていた。
これは決定的な証拠だ。

本人確認書類の不一致

印鑑証明と本人確認書類の住所が一致しない。
しかも、記載されていた住所には誰も住んでいなかった。
これは明らかに、名義を騙っての不正登記の試みだった。

売主が語らない取引の真相

依頼人の兄に問いただすと、最初はしらを切った。
だが、証拠を突きつけると、あっさり白状した。
「金が必要だった、登記なんてどうでもよかった」と――。

法務局で明かされた事実

私たちは速やかに法務局に報告し、登記の是正申出を提出した。
関係書類をすべて添付し、不正の痕跡を一つひとつ示していく。
ここまでくれば、あとは法の手続きに委ねるだけだ。

登記申請書にある決定的なミス

登記申請書の書式が古く、現在の要件を満たしていない点も発見された。
これにより、法務局は即座に却下の判断を下す。
ついでに、不正の関与者にも事情聴取が及ぶこととなった。

提出された委任状の矛盾

委任状に記載された住所、印影、署名のすべてに矛盾があり、
しかも証人欄の記載者はすでに他界していたことが判明した。
「ミステリー漫画でも、もうちょっと丁寧にやるぞ」と私は思った。

シンドウの推理と塩対応の反撃

「全部整いましたね」
サトウさんがプリンターのトレイから資料を取り出しながら言った。
私は疲れ切った体で椅子に沈み込み、「やれやれ、、、終わったか」と呟いた。

サトウさんの一言が突破口に

今回の核心を突いたのは、サトウさんの「この印鑑、変ですね」という一言だった。
たしかに見れば見るほど雑な偽造だったが、それに気づく目はプロならではだった。
俺なんかよりよほど探偵漫画の主人公向きだ。

やれやれ、、、やっぱりかから始まる逆転劇

すべての証拠が揃った段階で、私たちは逆転の一手を打った。
まるで「金田一少年」のクライマックスのように、真相を一気に語ってみせた。
結果、依頼人の財産は守られ、登記簿は正しく修正された。

暴かれた不正と仮登記の裏側

一連の事件は、最終的に不法占拠と不正登記未遂で刑事事件に発展した。
仮登記を悪用するという手口も、近年増加しているという。
登記簿が物語るものは、時に人間の欲そのものだ。

意図的な二重売買の構図

兄はすでに他者に売却済みとして契約を交わしていたが、
その後さらに別人にも話を持ち掛けていたことが判明。
悪質な二重売買未遂だった。

背後にいた意外な人物

更に調べを進めると、背後には地元の悪徳不動産業者がいた。
書類作成も彼らが指南していたことが分かる。
「サザエさんに出てくる花沢不動産でも、ここまでやらんぞ」と思った。

事件の結末と後味の悪さ

事件は解決し、空き家は法的に保護される形で相続登記がなされた。
依頼人は安堵の表情を浮かべていたが、私はどこか釈然としなかった。
不正は防げたが、兄弟の間に残った溝は深かった。

正しい登記が意味するもの

登記は単なる紙の記録ではない。それは人生の足跡であり、責任の証でもある。
私は今回の一件で、その重みをあらためて噛みしめた。
「法律って、ほんとに人間くさいよな」と思いながら。

静かに閉じる登記簿のページ

ファイルに綴じられた登記簿のコピーをそっと閉じる。
また一つ、人知れず終わった事件。だが、こういう仕事が俺たちの存在意義なのだ。
サトウさんはもう次の案件に取り掛かっていた。やれやれ、、、休む暇もない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓