登記簿が明かす沈黙の家

登記簿が明かす沈黙の家

プロローグ 静寂を破る依頼

朝の事務所に鳴り響いた電話

その日はいつもと変わらぬ朝だった。コーヒーを片手に、昨日の申請ミスを嘆いていた矢先、事務所の電話が鳴り響いた。受話器を取ったサトウさんが、無表情のまま「新しい依頼です」とだけ言った。

相続登記のはずが違和感

電話の主は中年女性。亡くなった父の相続登記を頼みたいという、ありふれた内容だった。だが、受け取った資料に目を通すと、私は首をかしげた。どうにも、整いすぎている。完璧すぎるほどの書類だったのだ。

被相続人の不可解な過去

名義変更されていた不動産

不審に思い、過去の登記簿を追いかけてみると、死亡前に行われた名義変更が引っかかった。しかも、登記原因は「贈与」。だが、依頼人である娘には何の話もなかったという。父は黙って、誰かに土地を渡していたのか?

親族からの証言の食い違い

近隣に住む親族へ話を聞いてみると、被相続人には昔から複雑な事情があったことが見えてきた。長男とは絶縁状態、次男は音信不通。そして、今回依頼をしてきた長女は、家を出ていた期間が長く、家の事情に疎い様子だった。

登記簿が語るもうひとつの事実

二重の相続人?

さらに登記簿を精査すると、実はもう一人、知られざる相続人が存在していた形跡があった。だが戸籍にはその名はない。一体、この人物は誰なのか。謎が深まるばかりだった。

古い名義と謎の登記原因

別件で閲覧した過去の登記簿の中に、奇妙な記録が見つかった。今は亡き被相続人が数十年前に取得した土地が、数年だけ他人名義になっていたのだ。その後、何事もなかったように戻っている。これは一体……?

サトウさんの冷静な分析

塩対応でも鋭い指摘

「これ、おかしいですね。贈与登記の直後に、固定資産税の課税者は変わっていません」サトウさんが、事もなげにそう言った。塩対応だが、本質は逃さない。私は思わず膝を打った。

戸籍と登記簿の微妙なズレ

戸籍の除籍謄本には記載がないのに、登記には影がある人物。それは過去の養子縁組によるものではないかとサトウさんが言った。調べてみると、確かに一時期、被相続人が他人を養子にしていた記録が、古い戸籍に残っていた。

元野球部の直感と泥臭い調査

資料の山に潜むヒント

直感が騒ぐ。高校時代、サイン盗みの気配を感じてベンチから飛び出したあの日を思い出した。大事なのは、書類の表ではなく裏。紙の端っこに書かれた、日付と印鑑。そこに、隠された人間関係の痕跡があった。

やれやれ、、、役所まわりか

気がつけば、私はまた市役所と法務局の間を走っていた。靴は擦り切れ、ネクタイは緩み、心は少しだけ折れていた。「やれやれ、、、」と呟きながら、役所の自動ドアをくぐる。だが、それが答えに繋がることになるとは。

被相続人と隠された関係者

養子縁組の事実が浮上

養子に出された人物は、被相続人のかつての弟子だった。だが、ある事件をきっかけに二人は決別。その後、戸籍は戻され、存在は消えたことになっていた。しかし登記簿は、過去を完全には消せなかったようだ。

登記の裏にあった嫉妬と復讐

この養子だった人物が、他人名義で土地を一時所有していた。そして、それを被相続人が取り戻した形跡がある。表向きは贈与だが、実態は奪還劇。登記簿は、家族の情念を静かに語っていた。

鍵となる古い契約書

サザエさんの家計簿みたいな謎の記録

押入れの奥から出てきたのは、色あせた一冊のノート。まるでサザエさんの家計簿のような手書きの記録に、契約金額や贈与の証拠が記されていた。昭和の香りが漂うその帳面が、事件の核心を突いていた。

そこに記されていた本当の動機

最後のページには、震える字でこう書かれていた。「土地は返してもらった。だが、心はもう戻らない」。それは、被相続人が生涯抱えていた、赦せなかった思いの表れだった。

全てを繋げる決定的証拠

法務局での最後の発見

閲覧した登記記録の中に、手書きの申請書の写しがあった。そこには、養子だった男の名前が記されており、自署が消されていた。訂正印もなく、そのまま通っていた。これは、登記官が見逃した最後のミスだった。

サトウさんの一言で解決へ

「つまり、今この土地を請求する権利があるのは、依頼人だけということですね」サトウさんが淡々とそう言い放つ。私は深く頷いた。真実はいつも、紙の裏にある。いや、塩対応の裏かもしれない。

真相の告白と静かな結末

依頼人の涙と小さな赦し

全てを話すと、依頼人はしばらく黙っていた。そして、ポツリと「父は最後に何を思ってたんでしょうね」と呟いた。過去の痛みは消えないが、真実を知ることで、少しだけ救われることもあるのだろう。

司法書士としての静かな矜持

私はひとつ深呼吸をした。事件は地味だったが、確かにそこに人のドラマがあった。名探偵でも怪盗でもないが、司法書士としてできることをした。それだけだ。

エピローグ 日常への帰還

また地味な仕事が始まる

翌朝、また別の登記書類が山積みになっていた。期限は今日。法務局は遠い。やれやれ、、、と思いながら机に向かう。休む暇なんてないらしい。

サトウさんの塩対応は今日も通常運転

「書類、間違ってます。3箇所」サトウさんは、こちらを見ずにそう言った。だが私は気づいていた。机の上に、コンビニで買ってきた私の好物のあんまんが、そっと置かれていたことを。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓