依頼人が語った違和感
土地の名義に見つけた不一致
依頼人の初老の女性は、母が遺した家について不思議なことがあると話し始めた。 「登記簿を取ったらね、家が二つあることになってるんです。なのに、実際は一軒しか建ってないの」 一瞬、何かの書類ミスかと思ったが、法務局のオンライン情報にも確かに二つの家が記録されていた。
姉と弟の微妙な関係
その女性には一回り離れた弟がいて、どうやら遺産分割でもめているらしい。 「弟は『家は俺がもらう』と決めつけてて。でも母が生前言ってたんです、『家はお姉ちゃんに』って」 サトウさんが小さく鼻で笑った。『ありがちですね』とでも言いたげだった。
調査が明かした過去の登記
昭和の所有権移転に隠された謎
昭和58年に一度所有権が移転しており、その後また戻っている。 なぜ一時的に他人の名義になっていたのか。しかも、その人物は所在不明。 まるで、何かを隠すための“煙幕”のようにも思えた。
名義変更を繰り返す理由とは
再度取得した登記簿を読み込むと、名義人は一度「養子縁組」によって変わっている。 そこから短期間で再び親族へと名義が戻されていた。 あまりにも不自然な動きだ。通常の贈与や相続では考えにくい。
サトウさんの推理が動き出す
冷静な一言が突破口に
「この番地、ズレてますね」 サトウさんが画面を指さした。登記簿に載っている家の一つは、微妙に番地が違う。 地図で確認すると、隣地と一致する。つまり“二つの家”は文字通り、隣接地に存在していた可能性がある。
住所の番地が違う理由
登記簿上は「3番6」と「3番5」に家屋番号が割り振られていた。 しかし現地には「3番6」しか建物がない。では、もう一つの家はどこへ消えたのか? サトウさんは眉一つ動かさず、「昔あったけど壊された可能性がありますね」と言った。
二つの家に住んでいた人々
消えた旧姓の持ち主
過去の登記名義人の中に、依頼人の母と同じ名字でない女性がいた。 それは母の旧姓だった。 つまり“もう一つの家”は、結婚前の母が所有していた家ということになる。
誰が何のために家を使ったのか
古い近隣住民の証言では、当時その家に「貸し間」をしていたらしい。 亡き母は内緒で一部屋を賃貸していたが、その建物は数年前に取り壊されていた。 だが、登記簿だけが消えずに残っていたのだ。
不動産屋の証言と登記簿の矛盾
旧家の存在を知る隣人
近くの不動産業者が記憶をたどり、「あの角の平屋なら10年くらい前に壊されましたね」と語った。 それが“もう一つの家”であることは間違いなかった。 だが、取り壊し登記がされていなかったことで今まで残り続けていた。
手書きの地図に残された印
役所の古地図には、確かに小さな家が二軒並んで描かれていた。 その家には×印が書かれており、取り壊し予定と読めるメモもあった。 だが、その情報は登記には反映されていなかった。誰かが忘れていたのか、意図的だったのか。
シンドウの過去と現在が重なる
甲子園を目指したあの夏の日
古地図の文字を見ていたら、懐かしい“部室の落書き”を思い出した。 「夏を信じろ」。当時の監督がホワイトボードに書いた言葉だった。 登記簿の余白に鉛筆で書かれたメモも、そんな「信じた証」なのかもしれないと思った。
うっかりが引き寄せたヒント
実は、登記簿を読み間違えて“3番8”と勘違いして調べたのがきっかけだった。 だがその偶然が、隣地の古い家の記録にたどり着く手がかりになった。 「うっかりも役に立つ時があるんですよ」と、サトウさんが皮肉まじりに笑った。
登記の履歴に潜んでいた真実
名義変更と相続の影
登記簿の履歴を読み解くと、母は結婚後に旧家の名義を弟に一度譲り、それをまた戻していた。 その理由は不明だが、おそらく税金対策か、誰かから家を守るためだったのだろう。 遺言がなかったのは、すべてを一人で抱え込んでいた証かもしれない。
二重登記が意味するもの
結局、二軒の家は「一つが現存し、一つが取り壊され忘れられた家」だった。 だが、その登記情報が、弟との遺産分割に重要な意味を持っていた。 「弟には一軒分しか権利がない」――この結論に依頼人は静かにうなずいた。
真犯人が明かす動機
家族を守りたかったという嘘
弟は「母は僕に託してくれた」と言い張っていたが、それは都合のいい解釈だった。 実際は、母は“誰にも家を渡したくなかった”のかもしれない。 その気持ちを登記が代弁していた。
墓の前で語られた本音
依頼人は母の墓前でこう呟いた。 「お母さん、どっちもいらない。私はもう、過去より前に進みたい」 その言葉に、ぼくは何も言えなかった。ただ風が静かに吹いていた。
事件の結末と依頼人の選択
本当の家族とは何か
家という器にこだわるより、家族の記憶をどう抱えて生きるかが大事なのだと依頼人は悟った。 弟との関係も修復まではいかないが、少なくとも争いは収束しそうだった。 それだけでも、今回の調査は意味があった。
不正登記の行く末
シンドウが法務局に連絡を入れ、建物滅失登記の申請書を作成した。 登記情報は正され、“二つの家”の記録は一つに統一された。 無数の家があり、無数の家族のドラマがある。今回もその一つだったに過ぎない。
サトウさんのひと言といつもの愚痴
「だから言ったじゃないですか」
「最初から、二軒あったって言いましたよね」 サトウさんはノートパソコンを閉じながら、冷たく言い放った。 ぼくは曖昧に笑ってごまかすしかなかった。
「やれやれ、、、また始まったか」
いつも通り、調査は終わり、また次の依頼がやってくる。 依頼は尽きない。だが、ぼくのミスも尽きない。 やれやれ、、、この仕事、いつまで続くんだろうな。