忙しさを言い訳にしていた自分
「ごめん、また今度にしようか」──この言葉を、何回口にしてきただろうか。飲み会の誘いも、同窓会も、気になる人からの食事の話も、いつも「ちょっと今立て込んでて」と断ってきた。確かに嘘ではない。司法書士の仕事は終わりが見えないし、地方でひとりで事務所を構えていれば、土日も平日もない。だけど、今思えば、本当はただ面倒だったのかもしれない。自分の世界に他人を入れる余裕も勇気もなかった。気づけば「仕事してれば大丈夫」という幻想にしがみついていた。
朝から晩まで予定が埋まる日々
朝は8時前には事務所に入り、まずはメールチェックから始まる。前日の補正通知に目を通し、登記申請の進捗を確認し、急ぎの案件があればそのまま役所へ。昼ご飯はコンビニのおにぎりを片手に移動中に済ませ、午後は顧客対応と書類作成、夕方には電話の嵐。そんな日々を繰り返しているうちに、気づけば時計の針は21時を回っている。帰り道にふと「誰かとご飯でも…」と思っても、疲れ切った顔で鏡を見ると、そんな元気はすぐに萎えてしまう。
恋愛よりも顧客対応が優先
ある日、学生時代の後輩から久々に連絡が来た。「今度飲みましょうよ、紹介したい人もいて」と言われた。でも、僕は「今ちょっと忙しくて」と返してしまった。ちょうど相続登記のラッシュで、それどころじゃなかった。顧客対応を最優先にするのは司法書士として当然のことだけど、ふと考える。「あの時の“紹介したい人”って、どういう意味だったんだろう?」と。今となっては確かめようもないけれど、そのチャンスすらも、逃していた自覚だけが残る。
気づけば“おひとり様”が日常に
一人で夕飯を食べるのは、もう慣れた。定食屋の常連になり、スーパーの総菜コーナーを見て季節の変化を知る。でも、そんな生活に安心してしまった自分がいた。誰かと暮らすなんて、きっと面倒だし無理だと思い込むようになっていた。でも、年末の事務所大掃除の時、ポツリと事務員が言った。「先生、いつもひとりで頑張ってるから心配ですよ」って。その言葉が胸に刺さって、初めて孤独という言葉を直視した。
土日も電話が鳴るのが当たり前
「土日でも連絡して大丈夫ですよ」と言ってしまうのは、ある意味で優しさだった。でもその“優しさ”が自分の時間を蝕んでいた。顧客第一を貫いてきたつもりが、いつのまにか“自分を犠牲にするのが当たり前”になっていた。スマホが鳴るたびに反射的に出る癖がついてしまい、電話が鳴らない休日には逆に落ち着かない。そうして、また予定を入れる余裕はなくなる。
誰かと会う予定は“補正期限”だけ
予定表を見てみると、「補正期限」「登記完了予定」「相談日」といった仕事ばかり。プライベートな予定は一切ない。仮に誰かと会う予定が入っていたとしても、「申請が間に合わなかったらまずい」という不安に勝てるはずがない。恋愛なんて、スケジュール管理に支障が出るリスクとしか思えなかった。そうやって気づけば、スーツのポケットには名刺しか残っていない。
断る理由が“本当に仕事”である悲しさ
「仕事が忙しくてごめん」──この言葉が建前じゃなく本音だったことが何度もある。だからこそ、言い訳してるつもりはなかった。でも、そんな“本当の理由”が、誰かとの距離を広げてしまっていたのも事実。真面目に働いていることが、逆に恋愛の障害になるなんて、皮肉な話だ。誠実に生きてきたつもりが、心の扉まで閉じてしまっていた。
モテないのは見た目のせいじゃない
正直、自分の見た目は平均以下かもしれない。でも、モテない理由はそれだけじゃない気がする。話題は仕事、服装は地味、笑顔も減った。そうやって自分から“モテる要素”を捨てていったような気がする。たとえば一度、勇気を出して婚活パーティーに参加したことがある。でも、自己紹介で「司法書士やってます」って言った瞬間、微妙な間が空いた。きっと、堅そうとか、忙しそうって思われたんだろう。
親切にしても“いい人止まり”
女性には丁寧に接してきたつもりだ。重い荷物を持ってあげたり、送迎してあげたり、相談に真摯に乗ったり。でも、いつも言われるのは「優しいですよね」「頼りになります」──そして、「彼氏にはちょっと…」。完全に“いい人”ポジションに収まってしまう。恋愛対象にならないタイプの典型。それが悲しくて、つい自分の殻に閉じこもってしまう。
自信のなさが態度に出てしまう
元野球部だったなんて言っても、今はただの中年司法書士。スーツはくたびれてるし、髪も薄くなってきた。そういう部分にコンプレックスがあるから、自分に自信が持てない。そしてその気持ちは、相手にも伝わってしまう。「この人、自分に興味なさそう」とか、「何か壁を感じる」と思われてしまう。実際にはただ不器用なだけなんだけど、それが伝わらないのが歯がゆい。
話題は登記と法務局の愚痴だけ
会話の引き出しも仕事一辺倒になってしまっていた。法務局の対応が遅いだの、補正が理不尽だの、そんな話は身内にはウケても、初対面の相手には響かない。笑い話にするにもネタが暗いし、重い。かといって最近ハマってる趣味もないし、休日は寝てるだけ。これじゃ恋愛対象になるわけがない。でも、変え方がわからないのも本音だ。
頑張ってきたつもりだけど報われない
誰よりも真面目に働いてきたつもりだ。ミスは最小限に、レスポンスは早く、顧客満足度は高いと自負している。でも、その成果がプライベートでの幸せにつながることはなかった。忙しいからこそ、自分へのご褒美は“また明日”と後回しになり、気づけばそれが習慣になった。恋愛や人間関係を築く努力は、つい後回しにしてしまっていた。
地方で事務所を構えるということ
都会と違って、地方では口コミや信頼関係がすべてだ。だからこそ、少しでも悪い評判が立たないよう、常に緊張している。ミスひとつで信用を失うリスクがある。そんなストレスの中で、誰かと心を通わせる余裕なんて、なかなか持てない。恋愛にうつつを抜かしている暇があったら、目の前の依頼に応えるのが正義──そんな考えが自分を縛っていた。
集客も営業も全部ひとりで背負う
司法書士は“先生業”と思われがちだけど、実際は営業マンでもある。ポスティング、SNS、地域イベントへの顔出し、全て自分でやる。そんな中、恋愛にかける時間も気力もなくなってしまうのは当然だった。特に地方では人脈も限られていて、新たな出会いなんて皆無に近い。そうして、また「今はタイミングじゃない」と自分に言い聞かせる。
SNSで笑う同期の投稿が刺さる
大学の同期が結婚して、子どもと遊んでる写真をSNSにアップしているのを見ると、複雑な気持ちになる。祝福の気持ちはある。でも、どこかで「自分だけ取り残されているのでは」と感じてしまう。選んだ道を後悔してるわけじゃないけど、たまに心がざわつく。あの時、少し違う選択をしていたら、隣に誰かがいたんだろうか。
支えてくれるのは事務員だけ
唯一、そばにいるのは長年一緒にやってくれている事務員だ。時に厳しく、時に優しく、感情を出せるのはこの人だけかもしれない。でも、雇用関係という壁は超えられないし、それ以上の関係になる気もない。仕事上のパートナーではあっても、人生を共有する存在にはなれない。心のどこかにその寂しさを抱えながら、今日もまた仕事に向き合っている。