いつの間にか机が心の距離をつくっていた
この机に向かって、もう何年が過ぎただろう。司法書士として独立してからというもの、書類とパソコンと電話の相手しか知らない日々。目の前の机は、ある意味で僕の世界のすべてだ。でも最近、ふと気づくことがある。この机が、人との距離を作っているのではないかと。人に囲まれていたはずなのに、気づけばひとりで仕事をしている。そして、何かが足りないまま一日が終わっていく。
書類に囲まれていると安心するのはなぜか
不思議なことに、書類が山積みになっている方が安心する。目の前にある「やるべきこと」は、確かに存在してくれて、僕の存在価値を裏付けてくれる気がする。書類が少ないと不安になる。仕事がないという不安、必要とされていないという不安、誰かから忘れられているかもしれないという不安。だから書類を抱えている方が、妙に安心する。悲しいことに、それは自分が「孤独だ」と認めないための鎧かもしれない。
作業の山が孤独を隠してくれる
「今日も忙しかった」と口にすれば、それだけで何となく充実しているように感じる。でも、本当のところはどうだろう。処理した書類の数と、誰かと交わした会話の数。比べてみたら、会話はゼロの日もある。事務員とは挨拶程度。顧客とは電話で数分。そんな日々に慣れすぎて、逆に何かを失っていることにも気づかなくなる。作業の山は、寂しさをごまかすのに都合がいい。だけど、山を崩し終えた瞬間に、押し寄せるのは静けさと虚無感だ。
「やるべきことがある」は心の言い訳
「今は忙しいから」とか「仕事が落ち着いたら」と言って、誰かとの食事を断ったことが何度もある。でも正直なところ、それはただの言い訳だったんじゃないかと最近思う。誰かと向き合う勇気がなくて、心が疲れていて、だから仕事を盾にした。本当は少し話を聞いてほしかったし、温かい言葉がほしかった。でもそんな自分を認めるのが恥ずかしくて、「やるべきこと」に逃げ込んでいたんだろう。
事務所で過ごす静かな夜のこと
夜になると、事務所の蛍光灯の明かりがやけに眩しく感じる。残業というよりも、ただ帰りたくないだけの日もある。家に帰っても誰もいないし、話す相手もいない。それならいっそ、事務所にいた方が落ち着く。パソコンの画面をぼーっと見ながら、無意味なネットサーフィンをして時間を潰す。誰にも見られないところで、無防備になる。それが、なんとも言えず、虚しい。
蛍光灯の音だけが響いている
静まり返った事務所の中で、唯一聞こえるのは蛍光灯の「ジーッ…」という微かな音。いつもは気にも留めないその音が、妙に耳についてくる。冷蔵庫のモーター音も、時計の針の音も、全部が自分の孤独を代弁しているように感じる夜がある。仕事が片付いても、誰からも連絡は来ない。LINEの通知もメールも鳴らない。誰にも必要とされていないような気がして、なんだか胸がギュッと痛む。
人の声を恋しく思う瞬間
そんな夜に、ふと人の声が恋しくなる。スーパーのレジで「ありがとうございます」と言われただけで、なぜかホッとしたりする。誰かと話したい、でも深く関わるのは面倒。そんな矛盾を抱えながら、日々を過ごしている。あの頃の部活の仲間、笑ってバカな話をしていた日々が、今はまるで別世界のように思える。司法書士という肩書は、誇りでもあり、孤独の象徴でもある気がしてならない。
人恋しさは弱さじゃないと思いたい
寂しいと思うことは、弱さじゃないはずだ。でもこの仕事をしていると、感情を抑えることに慣れすぎてしまう。依頼人に安心を与える立場である以上、自分の心の揺れを見せてはいけないという意識が染みついている。それでも、ふとした瞬間に心が崩れそうになるのだ。夕方の空の色や、コンビニのレジ前のカップルを見て、どうしようもない孤独が襲ってくることもある。
温もりがほしいと思うのは変ですか
「温もりがほしい」なんて言ったら、笑われるかもしれない。でもそれは本音だ。誰かと手をつなぐとか、同じ空間で黙って座っているだけでもいい。そんな当たり前のことが、自分にはずっと遠い存在になってしまった。温もりを知らないわけじゃない。でも、忘れかけている気がする。最近では、人と目を合わせることさえ、少し照れくさいと思うようになった。
強く見せても、心はガラス細工
「先生」と呼ばれる立場だから、強く見せなきゃいけないと思っていた。でも本当は、ちょっとしたことで傷ついて、落ち込んで、引きずる。人には見せないけど、心は案外もろい。昔、硬球でキャッチボールしていたあの頃の方が、よほど強かったかもしれない。今は誰かに投げる球もない。受け止めてくれる人もいない。強がりは身についたけど、誰かに「疲れてるね」と言われるだけで、涙が出そうになる。
独り言が増えるときのサイン
最近、自分でも気づくくらい独り言が増えてきた。「よし」とか「なんだこれ」とか、書類に向かって話しかけてしまう。ふとしたときに「今日は誰ともちゃんと話してないな」と気づくと、笑ってしまうような、泣きたくなるような気分になる。きっとこれは、心が「誰かとつながりたい」と叫んでいるサインだ。だけど、それに応えてくれる誰かが、近くにはいない。
