電子の闇に消えた申請
今日も朝から事務所の空気は重たい。パソコンの画面に映る電子申請の一覧を見て、ため息が漏れた。新しい制度、新しいツール、新しいトラブル。便利になったはずなのに、なぜか手間ばかり増えている気がする。
「シンドウさん、それ、依頼主が二人になってません?」
コーヒーを片手に現れたサトウさんの一言が、今日の混乱の幕開けだった。
朝イチの依頼と不穏な違和感
依頼は昨日の夕方、メールで届いていた。不動産の所有権移転登記。オンライン申請でやってほしいという要望だ。よくある話だが、なぜか委任状がスキャンではなくPDFデータで届いていた。
「これ、印影が鮮明すぎるんですよね」とサトウさんが言う。確かに、やたらキレイだ。しかも依頼人の名前がどこかで見たことあるような気がして、胸の奥がざわついた。
申請データに潜む第三の影
いつものようにオンライン申請システムにログインし、下書きを確認する。だが、記憶にないファイルが添付されていた。しかも、それには別の申請者の名前が書かれている。
「これ、別の物件の申請と混ざってるんじゃ……」
俺のうっかり癖を疑ったが、どうにも説明がつかない。誰かが意図的に申請データを書き換えたとしか思えなかった。
サトウさんの無慈悲な指摘
「このオンライン申請、途中で誰かに編集されてますよ」
冷静にそう言い放ったサトウさんが、ログ履歴を指差す。申請内容が編集された時間帯、俺はコンビニに行っていた。
「やれやれ、、、便利なはずの仕組みが、罠になるとはね」
自嘲気味につぶやくと、彼女は眉一つ動かさずに言った。
「サザエさんの波平さんの方が、まだ警戒心あるかもですよ」
うっかり送信された証拠ファイル
過去のやり取りを確認するため、メールの下書きを見ていたら、誤って送信済みになっているファイルを発見した。俺が送った覚えのない添付ファイル。しかも宛先は見知らぬGmailアドレス。
「これ、申請者を偽って利益を得ようとしてる誰かがいますね」
サトウさんの目が鋭くなった。どうやら本気で事件と捉えているらしい。
申請人が二人いるという矛盾
オンラインシステムに登録された情報と、PDFに記載された委任者の氏名が一致しない。しかも両者の印影が全く同じだった。明らかにコピペされた印鑑画像だ。
「まるで怪盗キッドの変装ですね。見た目は同じでも、本物じゃない」
そんな例えがふと浮かんだ。まさか司法書士の仕事で、こんな例えを使う日が来るとは思わなかった。
登録免許税をめぐるトリック
偽の委任状で所有権を移転し、安価に登録免許税を払わせた上で、裏で転売し利益を得る。そんなスキームが見えてきた。しかも、その申請は俺のIDで出されたことになっている。
「これは完全に乗っ取られてますね。電子証明書の管理、どうしてました?」
「冷蔵庫の上に置いてました、、、」
「……波平さん以下ですね」
刺さるなあ、その例え。
紙の委任状に隠された秘密
念のため依頼人に電話すると、「そんな依頼していない」とのこと。まさかと思って、送られてきた委任状を再印刷し光に透かすと、わずかに透けた別の名前が見えた。
「二重スキャンか、手が込んでる」
まるでルパン三世の変装マスクみたいに、表面だけがすり替えられていた。
遠隔操作されたログイン履歴
プロバイダの履歴をたどると、遠隔操作ソフトを通じて申請時刻に事務所のパソコンが使われていたことが判明した。つまり、犯人は外部から俺の端末を使っていたのだ。
「電子申請の裏でアナログな泥棒稼業をしてるわけか」
皮肉の一つも言いたくなる。やれやれ、、、。
サザエさん方式で事件を整理
書類、データ、証拠を付箋に書いてホワイトボードに貼る。サトウさんがちゃぶ台のように机を囲んで言う。「まとめてください、サザエさんの次回予告風に」
「次回、電子証明の謎」「シンドウ、冷蔵庫の上で泣く」「そして浮かぶ波平の顔」
俺たちはふたり、笑いながらトリックの全貌を整理した。
猫の手も借りたいデータ復旧作業
証拠となるスクリーンショットや操作ログを集める作業に、夜が更けていく。事務所の片隅に寝そべっていた野良猫まで、こっちをあくび交じりに見ている。
「猫、パスワード解けるなら手伝ってくれよ……」
「シンドウさん、猫よりIQ低くなってませんか」
……冗談でも刺さる言葉だなあ。
真犯人は誰が得をしたかを見ろ
翌日、関係先の司法書士から連絡があった。「おたくのID、うちの依頼人に使われてましたよ」とのこと。なんと、以前の共通顧客の仲介業者が、勝手にデータを流用していた。
俺たちの調査を警察に持ち込み、話はあっという間に動いた。電子証明の厳重管理の重要性を、改めて噛み締める羽目になった。
塩対応から生まれた逆転の発想
「デジタル時代の証拠は、操作履歴と矛盾です」
サトウさんの言葉が決め手だった。感情より記録。騙されるのは人、暴くのもまた人。
「シンドウさん、冷蔵庫の上はやめましょうね」
「次は、電子証明書専用の金庫買うよ……」
財布に打撃は痛いが、信用の損失よりはマシだ。
電子証明書が語った真実
すべては俺のIDと証明書を使っていた点でつながっていた。誰がどの申請をしたのか、最終的に電子証明書の記録が真実を語った。紙では消せても、ログは消えない。
「犯人は電子をなめてたってことですね」
「俺もなめてたかもな。やれやれ、、、もう野球部だった頃に戻りたいよ」
あの頃はサインもシンプルだったしな。
誰も見ていなかった送信ボタン
犯人が一番ミスったのは、最後の「送信」ボタンだった。クリックしたログが、すべてを裏付けていた。電子の世界は、誰かが見ていないようで全部を見ている。
事件は解決し、被害も食い止めた。しかし、俺の冷蔵庫の上はもう使われることはない。
それが今回一番の進歩かもしれない。