登記簿が暴いた影の真実

登記簿が暴いた影の真実

朝の依頼人は突然に

まだコーヒーの香りも立ち上がりきらない朝、ドアベルがけたたましく鳴った。 玄関先に立っていたのは、薄いベージュのコートを着た女性で、どこか不安げな表情を浮かべていた。 受付もすっ飛ばして直接こちらに来たあたり、ただ事ではない空気が漂っていた。

不安げな女性の訪問

彼女の名前はミツエ。40代半ばくらいで、手には一通の登記簿謄本を握っていた。 「この家、本当に私のものなんでしょうか?」——それが開口一番の言葉だった。 不意打ちのような依頼に、僕は内心ため息をついたが、依頼は依頼だ。

登記簿謄本が意味するもの

彼女の持ってきた謄本には、数年前に名義が兄の名から彼女の名義に変わった記録があった。 しかし、彼女自身にはその手続きを依頼した覚えがないという。 「そんな馬鹿な」と言いたかったが、謄本の筆跡を見た瞬間、微かな違和感が胸に残った。

古びた一軒家と相続の謎

家屋は地方にある古びた一軒家。何の変哲もない、よくある空き家だ。 だがその家には、相続に関わる火種がまだ燻っていた。 特に、登記原因の記載がどこか曖昧で、妙に整いすぎていたのだ。

名義変更されていた不審な履歴

相続登記の記載には、「令和四年 相続を原因とする所有権移転」とあった。 ところがその前後の戸籍記録を見ると、被相続人が亡くなったのはもっと前だった。 そして登記申請人の欄には、見覚えのある司法書士の名が記されていた。

登記原因に潜む異変

そこに記載された住所の旧字体。書式の古さ。すべてが「後から作られた」印象を与えていた。 「おかしいですね」と言うと、隣のデスクからサトウさんの冷たい声が聞こえてきた。 「シンドウ先生、あなたが昔書いた文書とそっくりです」——背中に冷たい汗が流れた。

サトウさんの冷静な観察

彼女は黙々とキーボードを叩きながら、該当登記簿のPDFを比較していた。 その目はまるで、江戸川コナンも真っ青の観察力で小さな矛盾をあぶり出していく。 「この訂正印、ずれてます。司法書士がやるには雑すぎますね」。

手書きの訂正箇所に着目

訂正された箇所には、旧字体を消して新字体が書かれていたが、その修正方法が素人くさかった。 「まるで、波平さんがカツオの成績表を改ざんするような雑さですね」とサトウさんがつぶやいた。 僕は苦笑いを浮かべたが、確かにそれは見逃せないポイントだった。

不自然な提出タイミング

その登記が出されたタイミングは、被相続人の死亡からちょうど一年後。 まるで遺留分請求の時効を見計らったようなタイミングだ。 司法書士としての経験が、これは計画的な犯行の匂いを感じさせた。

登場するもう一人の相続人

戸籍を追うと、彼女にはもう一人兄がいたことが判明した。 「10年以上会っていない」というその兄が、事件の鍵を握っていた。 すでに他県に転居していたが、電話をかけるとすぐに出た。

疎遠だった兄の影

電話口の男は、どこか開き直ったような口調だった。 「妹には全部くれてやるつもりだったよ」と言ったが、口調にはどこか嘘くささが残った。 それよりも彼が語った、名義変更を依頼した司法書士の名前に、驚かされた。

戸籍から見えた断絶の理由

家族は確かに一度壊れていた。 養子縁組の記録が戸籍に残されており、兄と妹が戸籍上で断絶していた時期があった。 それをなかったことにして進められた相続は、本来無効になる可能性もある。

過去の登記が語る意外な接点

そして、名義変更を担当したとされる司法書士の名前に見覚えがあった。 それはかつて僕が新人の頃、事務所で一緒に働いていた先輩の名だった。 彼は数年前に登録を抹消していたはずだ。

名義変更の背後にいた司法書士

連絡を取ると、やはり「そんな仕事は受けていない」とのこと。 名前を勝手に使われたのか、それとも……。 調べていくうちに、その申請書類の提出先が通常と異なる法務局であったことが判明した。

偽造とされた委任状の真相

法務局から取り寄せた原本には、委任状の筆跡が妹のものと異なっていた。 また、印鑑登録証明書も明らかに偽造された形跡があった。 つまりこの登記は、完全に誰かが仕組んだ偽装登記だった。

真犯人が語った動機と罪

依頼人の兄が最終的に口を割った。 「家を売って金にしたかった。妹は気づかないと思っていた」 やれやれ、、、結局こんなことで人は簡単に境界を越えてしまう。

金銭トラブルと家族の裏切り

兄は借金に追われていた。消費者金融の督促状が山積していた。 実家を売って借金を返す——それが彼の計画だった。 しかし、妹の名義に書き換えたことで思い通りに進まなかったのだ。

そして小さな正義が残った

僕たちは、偽造による登記の抹消を家裁を通じて無事実現させた。 サトウさんは書類をきれいにまとめ、僕の机に静かに置いた。 「おつかれさまです」と一言だけ——それが彼女の最大の称賛だった。

やれやれと言いながら提出した書類

法務局の受付で提出した抹消登記申請書類。 「やれやれ、、、」と呟きながら僕は印鑑を押した。 それでも、不正を正せたという手応えが、ほんの少しだけ心を温めた。

サトウさんの小さな笑み

事務所に戻ると、サトウさんが湯のみを差し出した。 「今日は熱めにしておきましたよ」——珍しく彼女が笑っていた。 僕は何も言わず、ただその湯気をぼんやりと見つめていた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓