成果は残る。でも心は置いてけぼり
司法書士として、登記簿に自分の手がけた案件がきちんと記録されるのを見ると、それなりの達成感はある。しかしそれが「生きていてよかった」と思わせてくれるわけではない。黙々と処理していく中で、心の部分がどこかに置き去りになっているような感覚になるのだ。記録に残る仕事をしているのに、記憶に残る毎日はほとんどない。
登記が片付いても、心は晴れない
登記が無事終わった日でも、「ああ今日も仕事をしたな」という気持ちにはなれない。何かが足りない。昔、勤めていた頃は同僚と「お疲れ！」と声をかけ合っただけで気持ちが軽くなったが、独立してからはその一言がない。誰にも褒められない、誰にも労われない。それが続くと、仕事の意味すらわからなくなってくる。
感謝されない日常、それでも動く理由
依頼者から「ありがとうございました」と言われることもある。しかしそれは結果に対しての感謝であって、自分という人間に向けた言葉ではないように感じる。「司法書士さん」への感謝であって「稲垣さん」ではない。そんな時、「俺って誰のためにやってるんだろう」と、ふと我に返るのだ。
「ありがとう」がない仕事って、結構こたえる
やっぱり、人間は誰かに感謝されたり、必要とされていると感じることで、自分の存在を肯定できるんじゃないかと思う。書類の正確さやスピードばかり求められるこの仕事では、そういう瞬間が少ない。肩書きが増えるほど、逆に人間として見てもらえる機会が減っていく気がするのは、気のせいじゃないと思う。
ひとり事務所、沈黙だけが味方だったりする
地方の一人事務所。事務員さんは午前中だけ来てくれるが、午後は基本一人。静かというより、無音である。誰にも邪魔されないのはありがたいけれど、それは同時に誰にも支えられていないということでもある。パソコンのキーボードの音が唯一の生活音。ふと気づけば、一言も発しないまま一日が終わることもある。
相談も反省も独り言。会話の相手は天井
誰かに相談したいことがあっても、相手がいない。「これでいいのかな？」と思っても、返ってくるのは沈黙だけ。机に向かいながら天井を見上げて、心の中で「うん、大丈夫だ」と自己完結する毎日。決して強い人間ではない。けれど弱音を吐く相手がいないと、人は強がるしかなくなる。
事務員さんが帰ったあとの、妙に広い空間
午前中、事務員さんが出勤している間は、会話こそ少ないが誰かがそばにいるという安心感がある。けれど、彼女が帰ったあとの事務所は急に広く感じる。あの一枚のドアが閉まる音が、やけに心に響く。ひとりで仕事をするのが嫌なわけじゃない。でも、ひとりが「当たり前」になっていく感覚は、なんとも言えない。
「お疲れさま」って、誰かに言ってほしいだけ
一日の終わり、「今日もよくやったな」と言ってくれる人がいたら、どれだけ救われるだろうか。スマホを見ても通知はゼロ、家に帰っても待っているのは冷蔵庫だけ。自分で自分に「お疲れさま」とつぶやく瞬間、なんだか情けなくなる。孤独は慣れるけれど、慣れたくなかった。
書類の山の向こうに、人間関係の谷がある
司法書士の仕事は、対人でありながらも、どこか機械的だ。冷静で正確、感情を表に出さず、ただ粛々と進めることが求められる。けれど、それが長く続くと、いつの間にか人間関係そのものが億劫になっていく。仕事上の付き合いはできるが、プライベートでの人付き合いはどんどん下手になる。
依頼者と距離を取りながらも、心は近づけたい
依頼者とは距離を取らなければならない。公平で冷静な立場でいるために、感情移入は禁物。けれど時々、その壁を越えて人として接したくなることがある。何か事情があって登記を急いでいる人、家族の死を抱えて手続きを進める人。そんな人の話を聞いていると、ふと自分の人間味が戻ってくるような気がする。
怒鳴られた日も、言い返さなかった理由
「なんでこんなに時間がかかるんだ！」と怒鳴られたことがある。理不尽だと思った。でも、言い返さなかった。自分が怒られることで、相手の感情が少しでも落ち着くなら、という気持ちがあった。ただ、その日の帰り道は重かった。怒鳴られたことそのものより、「言い返せない自分」にもどかしさを感じてしまった。
優しくしたって好かれるわけじゃない
なるべく柔らかい口調で、相手に安心してもらえるように心がけている。でもそれで感謝されるとは限らない。むしろ、なめられて終わることもある。優しさが通じる世界ではないのかもしれない。それでも、荒々しい言葉を使ってまで勝ちたくはない。けれどその代償として、孤独や不満を自分だけで抱えることになる。
