恋愛の駆け引きがわからないまま、司法書士になった男の話

恋愛の駆け引きがわからないまま、司法書士になった男の話

駆け引きできない人生と、司法書士という職業

恋愛において「駆け引きが大事だ」と言われたことがある。でも正直、それが何なのか今でもよくわからない。連絡を返すタイミングを計る?わざと冷たくする?そんな面倒くさいこと、考えるくらいなら仕事をしていた方がまだ気が楽だ。そもそも私は、駆け引きなんて器用なことができるような人間じゃない。そんな性格のまま、なんとか司法書士になり、地方で事務所を構えている。

女性との会話より、法務局との会話のほうがスムーズ

20代の頃、合コンにも何度か行った。でも、場の空気を読んで適切な言葉を選んだり、相手を楽しませるようなことがまったくできなかった。笑わせるセンスもなければ、気の利いたセリフも思いつかない。結局、隅っこでスマホをいじるか、酒を飲んでいるだけ。そんな私でも、法務局の担当者とはスムーズにやり取りできる。だってそこには「答え」があるからだ。

学生時代に恋愛で味わった“敗北感”はいまも

高校の時に好きだった子に告白して、「いい友達でいよう」と言われたときの敗北感は、今でもはっきり覚えている。あの時からだろうか、恋愛って自分には向いていないんだと感じるようになったのは。司法書士試験の勉強は孤独だったけど、ひとりでやれば結果が出た。恋愛はそうはいかない。努力の方向がわからず、ずっと空回りしていた気がする。

恋愛における「空気を読む力」と、登記における「空気を読まない力」

仕事では、感情に流されず、淡々と事務を進める力が求められる。空気を読むより、事実を読む。だからこそ、恋愛のような“あいまいさ”にはどうしても戸惑ってしまう。相手が何を考えているか分からないまま、やりとりを続けるというのは、私にとっては高難度すぎる。もっと言えば、正解のないやりとりが苦手なのだ。

相手の気持ちを察する力? 正直なところ、苦手です

「もう、察してよ」と言われたことがある。でも、察せる人間なら、司法書士なんてやっていないと思う。契約書を見て、登記原因を読み取るのは得意だ。でも相手の表情から「好き」とか「怒ってる」とかを感じ取るのは、どうにもできない。鈍感なのか、真面目すぎるのか、それとも単に恋愛偏差値が低いのか…。いずれにしても、私にとって恋愛は難問すぎる。

でも、契約書は嘘をつかないから好き

契約書は誤魔化さない。記載された内容がすべて。そこが好きだ。だから私は、恋愛よりも仕事に安らぎを見出してしまう。信じていい情報が明文化されている世界は、私にとって救いだった。駆け引きがないぶん、安心できる。誰かに裏をかかれる心配もない。契約書の方が、恋愛のLINEより信頼できると思ってしまうのは、やはり悲しいことだろうか。

事務員に恋愛相談されて気づいた、自分の空白

うちの事務員は20代で、よく恋愛の相談をしてくる。「先生、私どうしたらいいですかね」と聞かれて、毎回困る。だって私は、恋愛の駆け引きなんて知らないし、経験も少ない。なのに、人生相談を求められる。しかもそれが、妙に核心を突いてくることがあって、自分の中の“空白”を突きつけられるような気持ちになる。

「先生って、そういうとこ疎いですよね」と言われた日

ある日、事務員に「先生って、そういうとこ疎いですよね」と言われた。悪気はないのはわかっている。でも、図星だったからこそ刺さった。私の中には、“恋愛経験”という項目がスカスカなことを、自分でもうすうす感じていた。それを人から指摘されると、なぜかやるせない。どうして、こんなに不器用に生きてきたんだろう。

話題が恋愛になると、とたんに口数が減る司法書士

職業柄、相続や離婚の相談も多い。でも、ふと話題が「恋愛」に触れると、私はどうしていいか分からなくなる。経験がないから、言葉が出てこない。気の利いた一言も言えず、結局「はあ、そうなんですか」と返すだけ。自分でも「こりゃだめだ」と思う。そのくせ、相続関係説明図の説明は滑らかにできる。偏りすぎた人生だと、時々笑いたくなる。

モテないけど、信頼されたい

恋愛とは違うけど、「信頼される」というのは、私にとっての救いだった。「モテない男」だけど、「お願いできて助かりました」と言われることが、どれだけ心の支えになっているか。恋愛は空振りばかりだったが、仕事では確かな成果が出せている。そう思えるだけで、まだやっていける気がするのだ。

恋愛対象にはならなくても、「またお願いしたい」と言われる喜び

恋愛は一度終われば終わりだけど、仕事では「またお願いします」と言ってもらえることがある。その言葉がどれだけ嬉しいか。自分の存在が誰かにとって必要とされるというのは、モテること以上に私には意味がある。駆け引きなんてできなくても、信頼だけは重ねていきたい。そんな気持ちで、今日も登記簿と向き合っている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。