古いアルバムを開いた夜
事務所の本棚を整理していたとき、埃をかぶった古いアルバムが出てきた。たぶん、引っ越してきたときに無造作に押し込んだままだったのだろう。何気なく手に取り、ページをめくった瞬間、不意に胸の奥がざわついた。ページの中にいたのは、今の自分よりも少し細くて、少し日焼けしていて、でも何より目が生きていた自分だった。笑っていた。ちゃんと、笑っていたのだ。
片づけの途中で見つけた一冊
その日は、たしか仕事が立て込んでいて、頭が重く、なんとなく気持ちの整理がつかず、掃除でもしようと思い立ったのだった。ずっと触れていなかった段ボールの山を開け、ようやく片づけが進んだ矢先、あのアルバムが出てきた。今では誰とも会わなくなった旧友たちとの集合写真。若さというより、無防備さが写っていた。どの写真にも、作り笑いではない自然な笑顔があった。
「あの頃」の写真に足を止める
高校野球部の打ち上げ、大学の学祭、司法書士になる前のバイト先でのショット。いろんな場面が詰まっていた。どれも特別な日ではない、ただの一瞬の切り取り。でも、それが今の自分にとってはあまりにもまぶしかった。あの頃、自分が何を考えていたのか思い出せない。ただ、あの写真に映る自分は、今よりもずっと前を見ていた気がした。
意外とちゃんと笑っていた自分
一枚だけ、鏡の前で自撮りしたような写真があった。少し照れたような笑顔。でも、それがどこか自信に満ちていた。今、あの表情ができるかと問われたら、正直答えに詰まる。責任とか、生活とか、歳を重ねたことが理由ではない気がする。ただ、あの頃の自分は、今より少しだけ自分を好きだったのかもしれない。
仕事に追われる日々の中で
司法書士になって10年以上が経つ。事務所を立ち上げた頃は、がむしゃらだった。それなりに依頼も入り、気がつけば「忙しいですね」と言われるのが当たり前になった。けれど、それが褒め言葉なのか、ただの現実なのか、最近はよくわからなくなる。忙しさに慣れると、感情が鈍くなる。
朝起きて寝るまで業務のことばかり
朝起きて、すぐにスマホを見る。メールのチェック、LINEの確認、緊急案件がないかの確認。歯を磨きながら予定を思い出し、出発前にはすでに一仕事終えているような感覚になる。夕方には電話応対と相談予約で手帳が真っ黒に埋まり、夜には書類作成と郵送手配。たまの休みも、依頼人からの「今日中にできませんか?」という連絡が来る。もう、どこまでが仕事で、どこからが自分の時間なのか、境界線がない。
気づけば休日も緊急対応に追われていた
「すみません、今日しか相談できなくて…」そう言われると、断れない性分が災いする。昔から、頼まれると断るのが苦手だ。相手の事情を想像してしまう。結果、自分の休日はどんどん削れていった。何もしない日が、ここ数年あっただろうか。疲れが溜まっているはずなのに、眠れない夜が増えていった。
笑顔をつくる余裕もなくなっていた
電話口でも、事務所でも、たぶん「いつもニコニコしてますね」と言われる。でも、心の中は全然笑っていない。口角を上げるのも仕事の一部になってしまった。写真に写っていた自分は、作り笑いじゃなかった。今の自分が無理に笑っていることを、一番知っているのは自分自身だった。
写真の中の自分がまぶしく見えた理由
あの写真を見て涙が出たのは、単に懐かしさだけじゃない。今の自分が忘れてしまった何かを、そこに見つけてしまったからだと思う。それは、自信か、自由か、夢か、あるいは全部か。あの頃は無鉄砲で、先のことなんて考えていなかった。でも、それでもどこか希望があった。
失ったものに気づいた瞬間
人は、毎日を生きる中で何かを得て、同時に何かを失っている。あまりにも日常が流れるのが早すぎて、失ったことにさえ気づけない。写真は、その「失ったもの」を突きつけてくる。たとえば、素直さ。たとえば、人と目を合わせて話す余裕。たとえば、将来への期待。すべて、忙しさの中に置き忘れてきたものばかりだった。
時間のゆとり人とのつながり夢
昔は、連絡をくれた友人に「会おうか」とすぐ返していた。今は、「今はちょっと忙しくて」と断ってしまう。結果、誰とも会わなくなった。夢も、話さなくなった。語ることを恥ずかしいと思うようになった。そうして気づいたら、ただの「作業員」になっていた。あの頃のように、もっと人と繋がって、未来を語っていたいと、心から思った。
それでも今日も朝は来る
昔の写真に胸を突かれた夜、気持ちが沈んだ。でも、それでも次の日の朝は来る。現実は待ってくれない。誰かの登記は止まらないし、相続も待ってくれない。でも、少しだけ立ち止まったあの時間が、自分の中に何かを残してくれた気がする。
過去と今をつなぐために
過去に戻ることはできない。でも、思い出すことはできる。そして、その感情を今に活かすこともできる。写真の中の自分が、「お前は今、ちゃんと笑えてるか?」と問いかけてくる。少しでも胸を張って「まあまあかな」と答えられるように、また今日も事務所のドアを開ける。小さくても、確かに前に進んでいる自分でありたい。