はんこがない朝に感じた嫌な予感
司法書士としての朝は、基本的には「いつものルーティン」で始まる。目覚まし時計を止めて、コーヒーを淹れて、ニュースサイトを流し見しながら軽く朝食。事務所に行って、机の上のチェックリストを確認しながら一日の流れを確認する。それが、今日は違った。机の上に、いつもあるはずの「代表者印」がない。普段なら5秒で押印できる書類が、押せない。それだけで頭が真っ白になる。まるでピッチャーがマウンドに立った瞬間にグローブがないことに気づいたような、不安と焦燥が一気に押し寄せた。
いつも通りのルーティンが崩れる瞬間
普段の朝は「決まった型」があることで、ある種の安心感がある。それが今日は、はんこ一つないだけで、まるで全てが崩れ落ちたような気分だった。冷蔵庫に朝のパンがないならまだ買いに行ける。でも、はんこは「どこか」にあるはずなのに、それがどこか分からないという絶望がある。前日までしっかり使っていた記憶はあるが、そこから先の行動が曖昧で、まるで雲を掴むようだった。
机の上にあるはずのものがない
自分の机の上は基本的に「散らかってるが、本人には分かる」スタイル。だがその中にあって、はんこの置き場所は常に同じトレーの中と決まっていた。そのトレーが空になっていたとき、「誰かが持っていったのか？」という疑念がまず浮かび、それから「いや、自分が何かの拍子で移動させたかもしれない」という自責がやってくる。まるで書類の誤記を指摘されたときのように、心の中がざわつく。
心のどこかにあった不安が形になる
実は、数日前から少しだけ思い当たる節はあった。最近疲れていたのか、事務所を出るときに「これ、しまったっけ？」と思う瞬間が何度かあったのだ。だから、今回のことも「やっぱりな」という思いと、「でも、よりによって今日かよ…」という怒りが混ざっていた。自分で自分の首を絞めている気分になりながら、時計ばかり気にしてしまう。こういう日こそ、何もかも上手くいかない。
事務員との微妙な空気と気まずさ
事務所に入ると、事務員の彼女が「おはようございます」と言いながらも、こちらのバタバタした様子にすぐ気づいた。机の引き出しを全部開け、キャビネットの奥を覗き、書類の下をあさる姿は、どう見ても余裕がない。彼女は何も言わずに作業を続けていたが、その沈黙が逆にプレッシャーを生む。
「私、触ってませんけど」の無言の圧力
彼女がはんこに触ることはまずない。だからといって「どこにやった？」とは言えないのだが、自分のイライラが顔に出ていたのか、彼女の視線が冷たく感じられる。口には出さずとも、「私じゃありません」という空気がビシビシ伝わってくる。自分の失敗なのに、まるで人に当たり散らしたくなる、そんな情けない気持ちがこみ上げてくる。
信頼と確認の狭間で揺れる気持ち
司法書士の仕事は信頼で成り立つ。事務員も大切なパートナーだ。だけど「誰がどこに置いたか」をめぐって曖昧なやりとりが生まれるとき、ちょっとした疑いが胸に灯る。そしてすぐに「いや、そんなはずない」と打ち消す。でもそのわずかな揺らぎが、自分の精神を少しずつ削っていく。どこまでが確認で、どこからが疑いなのか。今日はその境界がとても曖昧だった。
クライアントとの約束に間に合わない焦り
午前10時には、クライアントとの打ち合わせがあった。しかもその場で契約書に押印する段取りだった。事前に作成した書類一式の中に、代表者印を押す欄がある。当然、それがなければその場では手続きが完了しない。はんこ一つの所在が分からないことで、すべてが後手に回る。焦りとともに、何ともいえない無力感に襲われた。
先方が「押印前提」で待っている現実
電話越しに「すみません、ちょっと手続きに時間がかかりまして…」と伝えたときの、あの間の沈黙が今でも忘れられない。相手はきっと「何をやってるんだ」と思っただろう。こちらにはこちらの事情があるが、それはクライアントには関係ない。はんこがない、という理由で仕事が滞ること自体が、プロとしての信頼を損ねることになるのだ。
司法書士の仕事がはんこ一つに縛られる悲しさ
デジタル化が進んでいるとはいえ、まだまだこの業界は「紙」と「はんこ」に支配されている。電子署名も普及し始めてはいるが、根本のところでは「印鑑」が仕事の重みを支えている。そんなもの一つで、こんなにも揺さぶられるとは…。ふと、「俺、なんのためにこの仕事やってんだろう」と考えてしまった。
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はんこがない朝に感じた嫌な予感
司法書士としての朝は、基本的には「いつものルーティン」で始まる。目覚まし時計を止めて、コーヒーを淹れて、ニュースサイトを流し見しながら軽く朝食。事務所に行って、机の上のチェックリストを確認しながら一日の流れを確認する。それが、今日は違った。机の上に、いつもあるはずの「代表者印」がない。普段なら5秒で押印できる書類が、押せない。それだけで頭が真っ白になる。まるでピッチャーがマウンドに立った瞬間にグローブがないことに気づいたような、不安と焦燥が一気に押し寄せた。
いつも通りのルーティンが崩れる瞬間
普段の朝は「決まった型」があることで、ある種の安心感がある。それが今日は、はんこ一つないだけで、まるで全てが崩れ落ちたような気分だった。冷蔵庫に朝のパンがないならまだ買いに行ける。でも、はんこは「どこか」にあるはずなのに、それがどこか分からないという絶望がある。前日までしっかり使っていた記憶はあるが、そこから先の行動が曖昧で、まるで雲を掴むようだった。
机の上にあるはずのものがない
自分の机の上は基本的に「散らかってるが、本人には分かる」スタイル。だがその中にあって、はんこの置き場所は常に同じトレーの中と決まっていた。そのトレーが空になっていたとき、「誰かが持っていったのか？」という疑念がまず浮かび、それから「いや、自分が何かの拍子で移動させたかもしれない」という自責がやってくる。まるで書類の誤記を指摘されたときのように、心の中がざわつく。
心のどこかにあった不安が形になる
実は、数日前から少しだけ思い当たる節はあった。最近疲れていたのか、事務所を出るときに「これ、しまったっけ？」と思う瞬間が何度かあったのだ。だから、今回のことも「やっぱりな」という思いと、「でも、よりによって今日かよ…」という怒りが混ざっていた。自分で自分の首を絞めている気分になりながら、時計ばかり気にしてしまう。こういう日こそ、何もかも上手くいかない。
事務員との微妙な空気と気まずさ
事務所に入ると、事務員の彼女が「おはようございます」と言いながらも、こちらのバタバタした様子にすぐ気づいた。机の引き出しを全部開け、キャビネットの奥を覗き、書類の下をあさる姿は、どう見ても余裕がない。彼女は何も言わずに作業を続けていたが、その沈黙が逆にプレッシャーを生む。
「私、触ってませんけど」の無言の圧力
彼女がはんこに触ることはまずない。だからといって「どこにやった？」とは言えないのだが、自分のイライラが顔に出ていたのか、彼女の視線が冷たく感じられる。口には出さずとも、「私じゃありません」という空気がビシビシ伝わってくる。自分の失敗なのに、まるで人に当たり散らしたくなる、そんな情けない気持ちがこみ上げてくる。
信頼と確認の狭間で揺れる気持ち
司法書士の仕事は信頼で成り立つ。事務員も大切なパートナーだ。だけど「誰がどこに置いたか」をめぐって曖昧なやりとりが生まれるとき、ちょっとした疑いが胸に灯る。そしてすぐに「いや、そんなはずない」と打ち消す。でもそのわずかな揺らぎが、自分の精神を少しずつ削っていく。どこまでが確認で、どこからが疑いなのか。今日はその境界がとても曖昧だった。
クライアントとの約束に間に合わない焦り
午前10時には、クライアントとの打ち合わせがあった。しかもその場で契約書に押印する段取りだった。事前に作成した書類一式の中に、代表者印を押す欄がある。当然、それがなければその場では手続きが完了しない。はんこ一つの所在が分からないことで、すべてが後手に回る。焦りとともに、何ともいえない無力感に襲われた。
先方が「押印前提」で待っている現実
電話越しに「すみません、ちょっと手続きに時間がかかりまして…」と伝えたときの、あの間の沈黙が今でも忘れられない。相手はきっと「何をやってるんだ」と思っただろう。こちらにはこちらの事情があるが、それはクライアントには関係ない。はんこがない、という理由で仕事が滞ること自体が、プロとしての信頼を損ねることになるのだ。
司法書士の仕事がはんこ一つに縛られる悲しさ
デジタル化が進んでいるとはいえ、まだまだこの業界は「紙」と「はんこ」に支配されている。電子署名も普及し始めてはいるが、根本のところでは「印鑑」が仕事の重みを支えている。そんなもの一つで、こんなにも揺さぶられるとは…。ふと、「俺、なんのためにこの仕事やってんだろう」と考えてしまった。
夜になってようやく笑えた瞬間
疲れ果てて、結局クライアントとの予定は午後にずらしてもらい、昼も食べずに走り回った。夕方になって、ようやく事務所の資料棚の端からはんこが出てきた。気が抜けたと同時に、今さら感と、自分への苛立ちがこみ上げる。でも、夜になって元野球部の仲間から「お前またやらかしてそうだな」なんてLINEが届いて、ちょっとだけ笑えた。誰にも言えないことも、昔の仲間には自然と話せる。
元野球部仲間からのどうでもいいLINE
学生時代、汗臭くて無駄に熱いだけだった野球部が、今では何よりの支えになっている。くだらないスタンプ一つで、今日一日の重さが少しだけ軽くなる。誰かに「がんばってるな」って言われたいわけじゃない。ただ、「もういいだろ」って笑ってくれる存在がありがたい。結局、人間って誰かに少しだけ許されたいんだと思う。
たった一言で救われる日もある
「はんこあったか？」その一言が全てだった。小さなことかもしれないが、そういう一言に、今日一日のやるせなさが包まれる。仕事も生活も、うまくいかないことばかり。でもそんな日は、たった一言が支えになる。今日もまた、なんとか一日を終えることができた。
