頼られるけど好かれない僕の話

頼られるけど好かれない僕の話

気づけば便利屋ポジションになっていた

気づけばいつの間にか、僕は「頼りになる人」になっていた。司法書士としての仕事でも、プライベートでも、人から相談を受けることは多い。でも、その「頼られる」というポジションに、決して心地よさばかりを感じていたわけじゃない。むしろ、どこか虚しさがつきまとうのだ。ありがたいことに、何かトラブルがあれば「稲垣さんなら大丈夫そう」と声をかけられる。でも、その先にあるのは仕事の話や、手続きの悩みだけ。誰かの大切な存在になりたいと願っても、僕の立ち位置は「お世話になる人」で止まってしまう。

相談はされるのにデートには誘われない

学生時代からそうだった。女友達からは恋愛の相談をされることが多かったけど、告白されることはなかった。「話しやすい」「安心感がある」…そんな言葉で僕の居場所は固定されていく。司法書士になってからも同じだった。たとえば、仕事で知り合った女性クライアントにLINEで相談された時も、内容は元彼との財産分与のこと。人間的には信頼されているのだろう。でも、男として見られている感じは、微塵もない。いっそ、誰にも相談されない方がまだ気楽かもしれないと思う瞬間さえある。

「頼りになる人」としての人生の始まりは野球部だった

頼られ体質の原点をたどると、高校野球部時代に行き着く。僕はキャッチャーだった。ピッチャーを支え、チーム全体を見渡し、作戦を練る。花形ではない。でも、チームには必要とされる役割だった。コーチや監督にも、「お前がいてくれて助かる」と言われた。嬉しかった。でもその頃から、いつも裏方に回ってしまう癖がついた。誰かのために動くことで、自分の感情を後回しにすることが当たり前になっていった。

キャッチャー時代の役割と今の役割の共通点

今の仕事にもその時の習性が残っている。クライアントの意図を先読みし、先回りして対応する。困ったときにすぐ手を差し伸べる。まさにキャッチャーと同じだ。だから頼られるし、感謝もされる。でも、それは「安心できる存在」であって、「恋愛対象」ではないのだ。たとえるなら、救急箱のような存在。必要とされたときだけ開かれて、また元の棚に戻される。

損得勘定のない性格が生んだ人間関係

損得抜きで人に尽くすのが美徳だと信じてきた。実際、それで得た信頼関係もある。でも、その反面、ずっと我慢してきたのかもしれない。「こんなに頑張ってるのに、なぜ好かれないんだろう」と心の奥で思っていたのに、それを認めるのが怖くて、見て見ぬふりをしてきた。でも、最近ふとした瞬間に気づいた。自分の気持ちを後回しにしてきた結果、心に穴が空いていることに。

司法書士という肩書きの限界

「司法書士って堅実で安心感があるね」…これは、初対面の人から言われる常套句。でも、その安心感は、逆に言えば「面白みがない」「ドキドキしない」存在にもなり得る。真面目で信頼できる職業だけど、それが恋愛市場ではかえってハンデになるなんて、皮肉な話だ。仕事では頼りにされるのに、プライベートでは壁を感じることが多い。

安心は与えられるけど、ときめきは与えられない

とある合コンで、僕が話す番になると、場の空気がスン…と静まった。「へぇ、司法書士ってすごいですね…」その後が続かない。どうしてだろう。笑いを取るタイプでもなければ、強引にリードするタイプでもない。結果、安心感はあっても、恋愛の火花は生まれない。まるで親戚のお兄さんを見てるかのような距離感で終わってしまうのだ。

「真面目ですね」と言われた瞬間の心の中

「真面目ですね」と言われると、褒められているようで、実は恋愛対象から外された気分になる。これは職業柄の宿命かもしれないけど、内心では「もっと面白い人にならないといけないのか?」と迷ってしまう。真面目な自分を否定されたような、でも崩したら全部が崩れるような、そんな微妙なジレンマにいつも悩まされている。

仕事を誠実にこなすほどに遠ざかる恋愛

仕事に打ち込むほど、プライベートでの魅力は薄れていく。終業後もつい書類を持ち帰ってしまうし、週末も登記の相談が入る。だからデートの予定なんて入れられないし、入れようともしない自分がいる。誠実さと引き換えに、人間としての柔らかさを失っている気がする。でも、それが自分の選んだ道なのだから、文句は言えない。ただ、少しだけ、羨ましくなる時がある。

結局、誰かの支えでしかない自分

結局、僕は「支える側」に回る人生なのかもしれない。人を助けることに意味を見いだしてきたし、それでしか自分の存在価値を感じられなかった。でも、それが当たり前になりすぎて、気づけば自分のことを誰も見ていないような気がしてくる。誰かにとっての「特別な人」には、なれないまま年だけを重ねていく。

役に立つことと、愛されることの違い

役に立つ人間であることと、愛される人間であることは、似ているようでまったく違う。どれだけ人に尽くしても、それが愛に変わるとは限らない。むしろ、「この人はこういう人だから」と枠にはめられてしまい、それ以上の関係に進めないこともある。司法書士としての信頼と、ひとりの男としての魅力は、別の次元にあるのだと痛感する。

肩を貸すたび、胸が少しだけ空しくなる

誰かの話を聞き、アドバイスをし、問題を解決に導く。そのたびに「ありがとう、助かりました」と言われるけれど、その後に続くのはいつも日常への帰還。誰かの力になれた喜びと、ひとりの部屋で感じる虚しさ。その繰り返し。優しさが報われないなんて言いたくないけれど、心が満たされる日は、そう多くはない。

「あなたなら安心」と言われた夜の孤独

「稲垣さんって、本当に安心できる人ですね」——その言葉をもらった日の夜、ひとりで夕飯を食べながら、ふと涙が出そうになった。安心感って、そんなに恋愛から遠いのか。そう問いかけたくなる。いつか誰かに、「安心できるし、好き」と言ってもらえる日は来るのだろうか。そう信じたいけれど、現実はあまりにも静かだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。