登記簿と幻の花

登記簿と幻の花

春の終わりに持ち込まれた相談

雨上がりの午後、事務所のドアがぎぃと鳴って開いた。 窓辺の椿が咲き終わり、町に夏の気配が漂い始めた頃だった。 ふと目をやると、年配の女性が古びた書類を手に立っていた。

奇妙な土地の名義変更依頼

女性は「亡き姉の土地の名義を自分に移したい」と言った。 しかしその土地の登記簿には、彼女の名も姉の名も記載されていない。 あるのは「名義不明者」らしき、たった一つの過去の所有記録だった。

咲いていたのは一輪の花だった

その土地には、小さな花壇があったという。 毎年、春になると誰が世話をしているわけでもないのに、一輪だけ花が咲くと。 そしてその花を見に、誰かが必ず訪れていたらしい。

相続人が語らなかったこと

話を聞き進めるうちに、依頼者は時折言葉を濁した。 「姉は未婚でした。だから相続人は私だけです」 その目には確信というより、どこか焦りが滲んでいた。

依頼者の不自然な沈黙

「花のことは……私もよく知らないのです」 そう言ったあと、彼女は急に口数が減った。 だが、何かを隠していることだけは、サトウさんもすぐに気づいたようだった。

古い登記簿に残された名前

法務局で調べた旧土地台帳には、現在の登記簿には載っていない名前が記されていた。 “カナエ”という女性名。 依頼者の姉とは違う名前だった。

サトウさんの推理が動き出す

帰り際、サトウさんがぽつりとつぶやいた。 「花壇って、誰かが世話してたに決まってますよね」 その声には、推理漫画でよくある“ひらめきの演出音”が聞こえたような気がした。

花壇の地番と相違する書類

提出された書類と、実際の地番が微妙にずれていた。 これはただの記載ミスか、それとも故意の偽装か。 「地番違いにしておけば、誰にも気づかれないって思ったんでしょうね」サトウさんは言った。

登記簿から消えた過去の所有者

“カナエ”の名前は、昭和の終わりに登記簿から職権で閉鎖されたらしい。 閉鎖登記簿に記された住所は、依頼者の家と一致していた。 つまり、依頼者の姉ではなく、母親が所有者だった可能性があるのだ。

やれやれ、、、また変な事件か

「春になると毎年花が咲く? そんなの、花咲かじいさんじゃないんだから」 私は肩をすくめながら書類を読み返した。 やれやれ、、、こっちは土地の名義だけで十分大変なのに、今度は家族の秘密まで掘り起こすことになるとは。

シンドウの地道な現地調査

昔の隣人に話を聞いて回ると、あっさり真実が出てきた。 「カナエさん? あの人は未婚で女の子を産んでたよ。外には言わなかったけどね」 その“女の子”こそ、今回の依頼者だった。

近隣住民が語るもう一人の相続人

「そういや、春になると若い女性が花を見に来てたなあ」 別の隣人はそう語った。 顔の特徴を聞く限り、それは依頼者ではなかった。

花が語った真実

調査の結果、依頼者の姉ではなく、実の母“カナエ”が土地の所有者で、 さらに、カナエにはもう一人、認知していない子供がいたことが分かった。 その子が世話していたのだ、一輪の花を。

登記簿に記されなかった女性

戸籍にも、登記簿にも、残されなかったその女性。 だが、花は毎年、彼女の存在を証明するように咲いていた。 登記よりも、法よりも、確かな記録だったのかもしれない。

最後に咲いたのは誰のための花だったのか

土地は、登記簿上の最終相続人である“カナエ”の子供たち二人に均等に帰属した。 依頼者は黙って頷いた。そしてこう言った。 「来年も、花は咲くでしょうか」 その問いに私は、こう返した。「咲くさ。記録ってやつは、そう簡単には消えないもんだからね」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓