依頼者の人生の重みと俺の孤独
登記の背後にあるものはいつも重たい
司法書士という職業は、他人の人生に深く関わるくせに、自分の人生はなかなか前に進まない。まるで名探偵コ○ンが事件ばかり解決して、自分の高校生活がまったく進まないようなものである。依頼者の人生の一大事を扱いながら、俺の時間はいつも「保留」のボタンを押されたままだ。
書類に書かれた名前の向こう側
今日の依頼者は、初老の女性。再婚だという。提出された戸籍謄本の筆跡を追いながら、彼女がこれまで辿ってきた人生を思う。俺は職業柄、名前の変遷と住所の履歴を見れば、ある程度その人の物語が浮かんでくる。だがその一方で、俺の履歴書は10年更新していない。更新する理由も、相手もいない。
他人の人生を整理することが仕事
俺は毎日、人の人生の「整頓係」をしている。土地の名義を変え、会社の役員を登記し、婚姻の証明を整える。だがそれはあくまで「他人」の話だ。俺自身の人生は、部屋の押入れのように、ぐちゃぐちゃなままだ。
決して登場しない「俺」の物語
まるで舞台の裏方。依頼者のストーリーがスポットライトを浴びる中、俺は照明の影で静かにタイピングしている。拍手は俺には向かない。感動の涙も、喜びのハグも、俺にはない。
人生を委ねられるという責任
俺のデスクの上には、まるでドラ○もんの四次元ポケットのように、様々な人の人生が詰まっている。今日も、目の前に広げられた申請書類は、単なる紙ではなく、依頼者の「これから」を左右する儀式なのだ。
婚姻届の提出日に立ち会う
「先生、これでやっと一緒に暮らせます」
涙を浮かべた依頼者の言葉に、俺は反応に困る。ただ静かに、法務局提出用の書類を整えた。
泣きながら笑う依頼者の横で
横ではサトウさんが淡々と印紙を貼っている。彼女も慣れている。感動のシーンに無表情で立ち会う訓練を、俺たちはこの仕事で日々積んできた。
俺の手はただ静かに印を押す
朱肉の感触。乾いた判子の音。まるで「ピシャリ」と人生のページが閉じる音。だがそれは依頼者の物語であって、俺のページは今日も開かない。
孤独という名の空白欄
書類にある「続柄」「配偶者氏名」その欄を見ながら、つい自分のことを思い出してしまう。俺の履歴書には、その欄はいつも空欄だった。
自分の人生の申請先がない
登記の提出先はあるが、俺の寂しさの提出先はない。相談窓口もない。誰かが「孤独を提出できます」なんて言ってくれたら、速達で送りたい。
サトウさんの気配で保たれる日常
この事務所の空気を保っているのは、間違いなくサトウさんの存在だ。いつも無駄がなく、ちょっとした冗談にも鋭く返してくれる。だけど、彼女の私生活については聞かない。俺の干渉も、きっと必要ない。
それでも俺の冷蔵庫は今日も空っぽ
仕事を終えて帰った部屋。冷蔵庫の中には、水と賞味期限切れの納豆。人生に必要な栄養素が足りていないのは、食事のせいか、それとも他の何かか。
依頼者の「ありがとう」が刺さるとき
「本当に助かりました、先生」
そう言われるたびに、心のどこかがズキンとする。俺は誰かに助けられたことなんてあっただろうか。
背負い込んだ言葉の重み
「助かりました」の裏には、きっと依頼者の長い悩みや不安がある。それをほんの少しでも和らげられたのなら、仕事冥利に尽きる。が、それは俺の心を癒すものではない。
それは温かくて少し苦い
感謝の言葉は、まるでビターチョコレートのようだ。あたたかくて、でもどこか苦い。慣れているはずなのに、今日も喉にひっかかった。
「もう誰にも頼れなかったんです」
その一言が、一番堪える。俺にだって、頼れる誰かが欲しい。ただの愚痴をこぼせる相手がいたら、と思う夜は数えきれない。
登録免許税より高い感情の処理費
仕事はルール通りに終わる。でも、感情の処理には期限も金額も設定されていない。今日も俺は、依頼者の「人生」を処理したつもりで、自分の「感情」は宙ぶらりんのままだ。
書類はスムーズでも心は渋滞中
仕事の段取りはうまい。書類の不備も見逃さない。でも、自分の気持ちには鈍感だ。今、俺はどんな顔をしているのだろうか。
スタンプの音だけが部屋に響く
夜、残業していると、事務所に響くのはスタンプの音だけ。それはまるで、刑事ドラマの「調書に押す判子」のように、何かが確定する音だ。だけど俺の未来は、何も確定していない。
やれやれ 俺の存在証明はどこにある
「やれやれ、、、」
思わず口をついた。依頼者の人生は今日も記録された。でも、俺という存在の証明はどこにあるのか。自分の人生を登記できる制度があればいいのに。