登記簿に現れた影

登記簿に現れた影

登記簿に現れた影

午前中の予約がひと段落した昼下がり、いつものように事務所で伸びをしていたところに、一人の男性が飛び込んできた。 スーツは皺だらけ、ネクタイは斜めで、いかにも何かに追われているような雰囲気だった。 「この土地の登記、何かおかしいんです」と言いながら、彼は古びた登記簿のコピーを机に叩きつけた。

古びた登記簿の違和感

ぱっと見は普通の土地登記簿。しかし、その履歴にはどこか不自然な点があった。 権利移転の年月日が、通常の手続きではありえない間隔で飛んでいる。 まるで、記録そのものが書き換えられたかのように。

地方都市に潜む小さな謎

「昭和の終わりに一度、誰かに名義が移ってるんです。でも、その人の存在が見つからない」 男の言葉にサトウさんが反応した。「住民票が飛んでるわね」 彼女はすぐに、調査用に繋がっている戸籍システムを開き始めた。

相談者の不安と隠された経緯

依頼者は相続の手続きに必要な登記の相談でやってきたが、その家は本当に祖父のものだったのか。 「祖父はこの家を大事にしてました。でも、どうしても一時期だけ名義が他人になっていた記録があるんです」 この“影”の存在が、彼の家族に大きな疑念を残していた。

サトウさんの冷静な観察

「これは、誰かが売買を偽装した形跡がありますね」サトウさんは書類をめくりながら言った。 その目は冷静で、すでに半分真相にたどり着いているようだった。 「それにしても、この契約書、やたら丁寧すぎるのよね」そう言って彼女は腕を組んだ。

契約書の矛盾に気づく事務員

形式は整っているが、なぜか当時使われていなかった書式が用いられている。 「これ、昭和62年の契約なのに、平成初期の書式ですよ。つまり偽造の可能性がある」 ぼくは思わず声を漏らした。「さすがサトウさん、手が早いな」

取引相手の不可解な言動

当時の売主とされる人物に電話をかけてみると、奇妙な返答が返ってきた。 「その件はもう、済んだ話でしょう?」まるで最初から触れてはいけない話のように。 違和感は、確信に変わりつつあった。

過去の登記履歴に潜む異変

「これ、変ね。所有権移転登記の日付と、実際の取引日がずれてる」 サトウさんの目が鋭く光る。まるで、どこかの推理漫画に出てくるメガネの美少女探偵のようだった。 「つまり、後から帳尻を合わせた登記ということですか?」とぼくが問うと、彼女は無言で頷いた。

手がかりは一通の公正証書

役所に残っていた一通の古い公正証書が、事件の転機を迎えた。 そこには、売買ではなく“名義貸し”の合意が記されていた。 「つまり名義は形式だけで、実際の所有者は移ってなかったんです」とサトウさんが言う。

署名に残された不自然な癖

証書にあった署名は震えていて、どこか筆跡が違って見えた。 「おじいさん、サウスポーだったのにこの字は右手で書いたものですね」と指摘すると、 依頼者がぽつりと「祖父が利き手を怪我していた時期があります」と漏らした。

元名義人の意外な交友関係

さらに掘り下げていくと、元名義人が依頼者の祖父と親友だったことが分かる。 そして、戦後の混乱期に土地を一時的に守るための“仮登記”的な名義移転だったのだ。 「なんだか、怪盗紳士が変装して宝を守るみたいな話ですね」とつぶやくと、サトウさんは「例えが古いです」と返した。

解決の鍵は旧土地台帳

市役所の奥に眠っていた旧土地台帳には、手書きで“預かり名義”と書かれていた記録があった。 「ようやく見つけたか」と、ぼくは思わず口にした。 昭和の終わりに行われた“偽の売買”は、実は善意の防衛策だった。

古文書から浮かぶ土地の履歴

戦後の混乱を乗り越えてきたこの土地には、多くの家族の記憶が染み込んでいた。 「祖父は土地を守るために、あえて友人の名義にしたんですね」と依頼者が語る。 胸の中がじんわりと温かくなっていくのを感じた。

相続放棄の記録と真の目的

公正証書の末尾には、名義を一時的に預かった人間が“相続権を放棄する”旨が書かれていた。 つまり、最初から戻すつもりだったのだ。 「登記って、時に人間の善意まで隠してしまうんですね」とつぶやいた。

司法書士の逆転推理

全てがつながった。ぼくは全貌をまとめ、登記原因証明情報を作成した。 「これで、正当な登記ができますよ」依頼者の顔にようやく安堵が浮かんだ。 でも正直なところ、事務処理の山はまだこれからだ。

間違いに見せかけた偽装の罠

「悪意の第三者が入っていなくて良かったですね」 サトウさんのその言葉に救われる。 だが、これがもし不動産屋絡みだったら…と考えると背筋が寒くなる。

登記簿を操った真犯人の動機

この事件に“犯人”がいたとすれば、それは時代の混乱だったのかもしれない。 あるいは、制度の隙間を突いてでも家を守ろうとした祖父の執念か。 その姿は、どこかのアニメで見たヒーローにも似ていた。

静かな終わりと依頼人の涙

依頼者は深々と頭を下げた。「祖父が守りたかったもの、ようやく理解できました」 事務所の静けさの中で、ぼくは深く息を吐いた。 「やれやれ、、、またしても、名義に踊らされたな」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓