感情が動かない朝に気づいたこと
「先生、最近、笑ってませんよね」
朝イチでそのセリフを投げかけてきたのは、うちの事務員サトウさん。コーヒー片手にパソコンを睨む私の横顔を見て、まるで週刊連載の名探偵のような切り口だった。
「そうか?」
と、私は曖昧に返すしかなかった。事実、そのときコーヒーの味も分からなかったし、窓の外の景色が昨日と違うことにも気づけなかった。
朝のコーヒーが美味しくない
昔はこの香りで一日が始まっていた。今は、ただの液体だ。苦いかどうかすら、よく分からない。温度も適当でいい。
思えば、ここ最近、法務局に行っても達成感がない。登記が通っても、依頼人に喜ばれても、私の心はまるで動かない。
無風の感情
感情の荒波に揉まれながら生きることは、司法書士としても男としても避けてきたつもりだった。だが、今は荒波どころか、湖面のように静かだ。いや、もはや凍っているのかもしれない。
サザエさん症候群にすらならない日曜
かつては、月曜が近づくと憂鬱になった。でも今は違う。何曜日でも同じ顔で起きて、同じルートで職場へ向かう。カツオのいたずらにもフネの怒声にも、反応する自信がない。
サトウさんの推理
「仕事は山積みで、書類は積ん読状態。だけどそれより、先生がサザエさんの波平みたいに怒ることも、カツオみたいに笑うこともなくなったのが問題です」
「例えが昭和すぎる」と返すと、「じゃあコナン君風に言いますけど、心の感情が死んでるのは、事件です」と返された。やれやれ、、、これは一本取られた。
無理に感動しようとしても
昼休みに、久しぶりに外を歩いてみた。空を見上げても、鳥のさえずりが耳に入っても、心が揺れない。これはもう病かもしれない。
だけど、角を曲がったとき、小さな花壇に咲いたひまわりを見て、ふと何かが動いた。
ひまわりは、誰に見られなくても、上を向いて咲いていた。無感動な自分に向けてではない。誰のためでもなく、ただ太陽の方向へ。
小さな揺れが始まる
その夜、事務所のソファに横たわっていた私に、サトウさんが言った。
「先生、明日は笑ってくださいね。でないと私が不安になるんで」
「お前が探偵役で、俺が容疑者みたいだな」
「違いますよ、感情が消えた被害者です」
そう言って笑った彼女の顔に、ようやく、心が少しだけ反応した。
心はまだ生きている
翌朝、コーヒーの香りに、ほんのわずかだが「懐かしさ」を感じた。
やれやれ、、、ひとまず、事件は未解決のままだ。
でも、少しずつでも、心の目覚めを取り戻せるなら、それもまた探偵物語のようで悪くない。