裁判所と仲良くなっても付き合う相手は増えない
裁判所には呼ばれるのにデートには誘われない
月曜の朝8時。俺のスケジュール帳には「甲府地方裁判所10:00」と書かれていた。付き合いの長い相手だ。まるで毎週のデートみたいなもんだが、もちろん甘い時間なんて一秒もない。俺は司法書士、名前はシンドウ。地方の小さな事務所で日々、相続や登記に追われている。
裁判所との関係はいつもスムーズ
登記の正確さには定評があるし、裁判所の書記官にも顔を覚えられてる。それはいい。だが、「またシンドウ先生ですか」とニコリとされるたびに、自分の人生の空白が目立つ。
呼び出し状はよく届くけどラブレターはゼロ
俺の机には封筒が山積みだ。だが、どれも「ご出頭ください」とか「登記完了のお知らせ」ばかり。ピンク色の封筒なんて、見るのは隣のコンビニのチョコ売り場くらいだ。
スケジュール帳は裁判期日で真っ黒
世の中には「予定が埋まってて人気者」と言われる人がいるらしいが、俺のスケジュール帳も常に埋まってる。ただし、全部が全部、法務局か裁判所。やれやれ、、、俺は誰と戦ってるんだ。
サトウさんは今日も冷静にツッコミを入れる
事務所にはサトウさんという事務員がいる。切れ者で美人だが、俺にはまったく脈がない。
「シンドウさん 恋より裁判所が恋人ですね」
ときどき刺さることを言う。俺が裁判所の帰りにコンビニ弁当を買って戻ってきた日も、そうだった。
実務能力は褒めてくれるけどそれ以上には…
「仕事は完璧ですよね、シンドウさん」その一言で、なぜか胸が苦しくなる。俺がほしいのはその先だと、自分でも気づき始めていた。
せめて事務所内恋愛でも起こればと思ったが
だが、サトウさんは社労士の彼氏がいる。スーツもおしゃれで話も軽快なあいつのことを、彼女は「仕事ができて、頼れる人」と言っていた。
昼休みの法務局でふと思う
食堂のカレーを前に、ふと手が止まった。ここで何回、同じメニューを食べたんだろう。
他人の人生を支えているはずなのに
登記、相続、遺言。人の人生の節目に関わる仕事なのに、自分の人生は何も進んでいない。
自分の人生は書類の山に埋もれてる
印鑑証明、委任状、登記申請書。恋文は1通もない。俺の人生、紙と印鑑で完結しそうだ。
誰かと過ごす未来なんて想像できない
かつては結婚も夢見た。今はその代わりに「相続登記の義務化」という言葉に反応してしまう。
独身男性司法書士にとってのリアル
テレビからはサザエさんのテーマが流れてくる。「家族って、いいな」と思っても、俺の部屋に波平はいない。
仕事は忙しく孤独に慣れてしまう
夜遅く帰ってきて、部屋で洗濯物を干す。たまに生乾きの匂いがしても、誰にも文句を言われない。
合コンも婚活も「今は忙しい」で逃げてきた
そんな俺に、恋愛はもう、エンドロールが流れた後の特典映像みたいなものだ。
気づけば周囲は家庭を持ち 子どもの話ばかり
昔の野球部仲間のLINEグループでは、子どもの運動会の写真がシェアされている。俺だけ、既読スルーが多い。
ある事件で心が少しだけ揺れた日
その日は、遺言書作成の相談だった。依頼人は、70代の女性だった。
高齢女性の遺言書作成の相談
形式的な手続きを進める中で、彼女はぽつりとつぶやいた。
「私ね 最後に恋したの70歳だったの」
「恋なんて、何歳でもできるのよ。あなたも、まだでしょ?」
その笑顔に 少しだけ救われた気がした
俺の中で、何かが小さく溶けた。サトウさんの笑顔とも違う、穏やかで強い笑顔だった。
恋愛と仕事の両立はできるのか
仕事と恋愛。本当は天秤にかけるものじゃなかったのかもしれない。
実は自分が一番あきらめていた
「どうせ俺なんて…」という声が、いつの間にか習慣になっていた。
誰かと向き合う勇気を失っていたかもしれない
だからこそ、もう一度誰かを大切にしたい。遅すぎるなんて、誰が決めた?
やれやれ この歳で何を言ってるんだか
でもまぁ、それが俺だ。サザエさんでいえば、波平でもマスオでもなく、永遠に迷子のノリスケかもしれないけど。
書類の整理よりも心の整理が必要かもしれない
裁判所との付き合いも悪くない。でもやっぱり、誰かと笑いたい。
机の上だけがきれいな男になっていた
片付いたデスクと、片付かない心。どっちも俺の現実。
でも心の中は未処理案件だらけ
いつか手を付けるつもりだった心の片隅。今こそ、自分で処理すべきときかもしれない。
まずは自分の人生にも登記してみようか
「恋愛開始」そんな登記、どこにもない。だけど、始めるなら今かもしれない。