戸籍謄本読めば読むほど分からなくなる件について
戸籍謄本というやつは、例えるなら「サザエさん一家が三つ巴で養子縁組した上に、波平が四人存在する」くらいの混乱を我々にもたらす。司法書士を十五年やっていても、いまだに読み解くたびに謎解き気分を味わっている。
戸籍謄本との出会いはいつも突然に
午前十時、登記申請の準備中に一本の電話。年配の女性が「父が亡くなりまして…」と小さく話し始める。その言葉の裏には、これから始まる戸籍地獄の予感がたっぷり詰まっていた。
「これ全部読むんですか」と聞かれた日
来所されたご遺族の手には分厚い封筒。案の定、中には明治時代までさかのぼる改製原戸籍がごっそり詰まっていた。サトウさんが横からひと言、「これは…ちょっと長旅ですね」と苦笑い。
一見すると分かりやすそうな文書
漢字でびっしりと埋められた欄。続柄、氏名、生年月日。ぱっと見は整然としているが、その実は深い迷路。ふりがなすらない名前に、旧字体、そして「昭和六年戸籍編製」などというタイムスリップの案内付き。
旧字体と空白に潜む罠
「與吉」や「壽子」など、平成生まれには馴染みのない字面が躍る。空欄のままの死亡年月日に目を留めると、あっさり「除籍済」とある。「除籍ってことは亡くなってるんですか?」と聞かれて、曖昧に頷くしかない。
読めば読むほど増える謎
誰が誰の子で、誰と結婚して、誰が出ていったのか。まるでルパン三世の血縁図でも追っているかのようだ。しかも、同じ名前の人物が三人。三世代にわたる「田中花子」には、探偵でも匙を投げる。
世代をまたぐ混乱の連鎖
「花子(昭和三年生)」「花子(昭和二十五年生)」「花子(平成四年生)」…時を超えて続く命名センスの統一感に恐れ入る。謄本には説明がない。あるのは、読み手への挑戦状だけ。
サトウさんの読解力に頼る日々
「これ、長男さんが除籍になって、その後お嫁さんが再婚してるから、戸籍が分かれてるんですね」とサトウさんがスラスラと読み上げる。「…そんなことまでわかるのか」と、もはや敬意しかない。
想像力と忍耐力がものを言う
この仕事、推理力と地道な読解力が問われる。探偵モノで言えば、証拠の切れ端を拾い集めて事件の全貌を導くようなもの。サトウさんはすでに「司法書士探偵団の副団長」としての風格すらある。
やれやれと言いたくなる司法書士の日常
午後三時、すべての戸籍を読み解き、やっと申請書類が整う。椅子にもたれかかりながら私は言った。
「やれやれ、、、今回も迷宮入り寸前だったな…」
サトウさんが笑いながら、「謄本読解、次はもっと難易度高いの来ますよ」と宣言した。
私は天井を仰ぎながら思った。戸籍謄本、読めば読むほど分からなくなる。それでも、誰かの人生の証に触れられるこの仕事。きっと、悪くはない。