書類を貸してほしいと言われた瞬間の違和感
司法書士をやっていると、「ちょっとだけ見せてほしいんですけど」という依頼が結構ある。正式な依頼なら対応する。でも今回は違った。知人の紹介で来たお客さんから、「これ、友人にも見せていいですか?」と一言。なんだか胸騒ぎがした。でも、口では「いいですよ」と言ってしまった自分がいる。相手は悪い人ではない。でも、こちらの判断が甘かったのは間違いない。
信頼関係があるからこそ断りづらい
相手は紹介者の顔を立てるような形でやってきた。だから、最初から“断りにくさ”があった。信頼というより、「気まずさを避けたい」という感情のほうが強かったのかもしれない。紹介者の手前、変に疑ってかかるのも気が引ける。でも、その時の“断れなさ”が後々響く。仕事と感情の線引きが曖昧なままだと、こういう失敗をする。
「友人にも見せたい」の一言で崩れた境界線
「友人」と言われると、つい軽く受け止めてしまう。でも、よく考えたらその“友人”が何者かも分からないわけだ。業務の中身が外部に出るのは本来あってはならないことなのに、自分の中で「まあ、少しならいいか」という油断が出た。「あの人に悪気はない」という思い込みも後押ししてしまった。でも、それが一番怖いパターンなんだとあとで知ることになる。
その友人って誰ですかと聞けなかった自分
「友人」と聞いて、そこに突っ込めなかった。名前は?職業は?どんな目的で?――そういった当たり前の確認を怠った。なんとなく聞きにくかったのだ。変に詮索するようで失礼かも、と思ってしまった。でも、あとになって思うのは、「確認しなかったこと」が一番の過失だったということ。プロとしての線引きを、自分から崩してしまった。
持ち出された後の後悔と自責の念
その日の夕方には、書類は戻らなかった。「すぐ返します」と言っていたはずなのに。帰り道、歩きながら何度も自分を責めた。なんで貸したんだ、なんで聞かなかったんだ――。自分の判断ミスで、事務所の信頼を落とすかもしれないという恐怖。小さなことに見えて、これは大きな落とし穴だった。
「これって常識でしょ」が通じない現実
司法書士としての感覚では、「書類を外に持ち出すなんて非常識」だ。でもその“常識”は、自分たちの業界内だけのものなのかもしれない。相手にとっては、“ただの確認”で済む話なのだろう。立場が違えば、価値観も常識も違う。そのことを痛感した出来事だった。そして、それを理解していなかった自分の未熟さも、身にしみた。
返ってこない書類と沈黙の時間
翌日になっても、書類は返ってこなかった。こちらから連絡するしかない状況だったが、電話するのも正直つらかった。何度も番号を入力しては、発信せずにやめる――そんな自分に、情けなさを感じた。たった一枚の書類がこんなにも気がかりになるとは。気持ちは重く、胃のあたりがずっと重苦しいままだった。
催促することのストレスと気まずさ
ようやく電話をかけて、「そろそろ返してもらえますか」と伝えた。でも、相手はどこか他人事。「あ、まだ友人が見てるかも」なんて言葉が返ってきた。正直、血の気が引いた。なんでこんなに気を遣わなきゃいけないのか。こちらが悪いのかと錯覚しそうになるくらいだった。催促することの疲れと気まずさは、思った以上に堪える。
事務員さんのほうが冷静だった
「ちゃんとルール作ったほうがいいですよ」――横で聞いていた事務員さんの一言が胸に刺さった。自分は気を遣ってしまって言えなかったことを、彼女は淡々と口にする。立場も経験も違うのに、状況を客観的に見ていたのは彼女のほうだったかもしれない。こういうとき、自分の感情の揺らぎに気づかされる。
一人で抱えるには重すぎるミス
最終的には書類は返ってきた。だが、安心したのと同時に、どっと疲れが押し寄せた。なんとも言えない無力感。「一人で全部判断しなければいけない」という日常に、改めて重さを感じた。仕事柄、自分で判断して責任を持つのは当然だ。でもその中で、誰かと相談できる環境のありがたさを痛感した日でもあった。
相手からの連絡が来たときの安堵と怒り
数日後、「返します」とだけ書かれたLINEが来た。正直、ホッとした。でもその一方で、怒りも湧いてきた。「なんでこんなに引っ張るのか」「こっちの立場を分かっていないのか」と。でも、それをぶつけたところで解決しないのも分かっている。この仕事、感情との距離感も問われるなと、改めて思った。
戻ってきた書類に貼られていた付箋メモ
封筒を開けると、中の書類には付箋が数枚貼ってあった。「ここ、ちょっと気になると言ってました」とのコメント。それを見て、またため息が出た。勝手に評価されたような気分になるし、仕事を軽く扱われたようにも感じる。やはり「ちょっと見せるだけ」は絶対に許しちゃいけない。そう心に刻んだ。
教訓として胸に刻んだ小さな出来事
この出来事は、書類の管理以上に“自分の対応”を見直すきっかけになった。「自分がやらなければ」という責任感が、時に判断を狂わせる。人を疑うことと、確認を怠らないことは別物だ。優しさと甘さは違う。そして、断ることができる強さも、司法書士には必要だと痛感した。
「ちょっとだけ」には二度と応じない
どんなに相手がよさそうでも、「ちょっとだけ」には二度と応じない。そう決めた。形式を守ることは信頼を守ることでもある。感情で揺れてしまいそうな時ほど、冷静な判断が必要。自分を守ることが、結果として依頼者を守ることにもつながる。その感覚を忘れないようにしたい。
ルール化しないと守られないのが現実
「常識」で済まそうとしていたことも、文書やルールにしておかないと通じない時代だと感じる。今はすべてを明文化しないと、誤解やすれ違いが起きやすい。それを面倒くさいと思っていた自分の考えが、もう古かった。きちんとルールを決め、掲示し、守ってもらうこと。それが自分の事務所の信頼を守ることにつながる。
信頼と業務は別物という切り分けの大切さ
人を信頼するのはいいことだ。でも業務においては、信頼とは別に冷静な判断基準が必要だと学んだ。今回の件で、信頼という言葉に甘えたのは自分のほうだったかもしれない。「いい人そう」ではなく、「きちんと守れる人かどうか」を見る目が必要だ。仕事は感情ではなく、ルールで動かすべきだ。
誰にでも起こり得るからこそ共有したい
この出来事、きっと他の司法書士さんにも起こり得る話だと思う。むしろ、経験者の方も多いのではないだろうか。自分だけが失敗したんじゃないと思いたいのもあるけれど、こういう話を共有することで、少しでも誰かの判断材料になればと思う。失敗から学ぶことも、立派な成長の一歩だと信じて。