書類だけが自分を待っていた日
朝の静けさと書類の山
カーテン越しに差し込む光が、寝ていた僕の顔を遠慮もなく照らす。枕元の時計はまだ6時前。サザエさん一家が賑やかに朝食を囲む時間には少し早い。あの一家が現実にいたら、僕の生活を見てどう思うんだろう。「波平さん、あの人、毎日書類とだけ会話してますよ」ってカツオあたりが茶化すかもしれない。
目覚ましより早く目が覚める理由
眠気よりも、今日締切の登記書類の山が僕を起こす。休日でも関係ない。元野球部とはいえ、最近はバットより万年筆を握ってばかりで、肩も上がらない。
誰も待っていない朝の部屋
玄関を開けたところで、誰かが待っているわけでもない。メールもLINEも鳴らない。唯一のメッセージは、今日締切の通知メールと、「未処理」のフォルダに増えたファイル数だけ。
唯一変わらぬ存在としての紙
事務所の机に座ると、そこには昨日の続きを待つファイルたち。唯一僕を裏切らない存在、、、いや、違う。訂正印を忘れたらあっさり裏切ってくる。
事務所の鍵を開ける音だけが響く
ガチャ。金属音がやけに大きく響く。静けさが心に沁みるというより、刺さる。朝からもう疲れてる。
出迎えてくれるのは埃と未処理書類
昨日帰る前に片づけたはずなのに、机には新たな依頼書が積まれていた。「俺がいない間に忍び込んでるのか?」と、冗談交じりに疑うくらい。
サトウさんは今日も的確だった
「先生、昨日の登記識別情報、違うページ挟んでましたよ」
はい、すみません。サトウさんは今日も冷静だ。むしろ冷たい。だけど間違いは絶対に見逃さない。彼女がいなかったら、僕はとっくに資格を返上している。
依頼者の声なき声
依頼書の文字に滲むのは、名前と住所、そして事務的な数字たち。だけどよくよく見れば、その裏にある「人生」がふと浮かぶことがある。
書類ににじむ人生模様
例えば今日の相続登記。依頼者の名前と被相続人の名前が、住所を除けばほぼ同じ。父親の死、家を受け継ぐ息子、、、それだけで少し、胸の奥がじんとする。
相続 離婚 登記変更
事件じゃない、日常の延長。だけど登記簿には、その人生の転機が刻まれている。まるで小さな探偵が現場検証してるみたいな気分になる。
「人」が不在の仕事
だけど結局、僕が会うのは紙ばかり。顔も見ず、電話で声を聞くだけ。依頼者が泣いていたとしても、その声は僕の耳に届かない。
電話の声が唯一の人間味
「あ、あの、こちらの住所なんですが…」
かすれた声。高齢の女性だろう。受話器越しの温度が、少しだけ事務所をあたためる。
でも顔は知らない 会わない
それでも、顔を合わせることはない。会わずに終わる人生の分岐点。僕はその立会人であり、無言の通行人でもある。
手続きが終われば忘れられる
書類を返送し、完了を伝える。それで終わり。誰も僕の名前を記憶しない。それが司法書士という職業の、ひとつの寂しさだ。
サトウさんの観察眼
サトウさんは仕事が早い。僕の2倍は処理が早い。おまけに的確だ。たまに余計なことも言うけど。
一言多いが正論しか言わない
「先生、仕事はミスるのに、恋愛はチャレンジすらしませんよね」
うるさい。だけど図星。
「先生 また独り言言ってますよ」
口癖みたいに独り言を言っているらしい。まるでルパン三世の銭形警部。いつもひとりで事件を追い、最後には取り逃がす。
的確な書類チェックが頼り
サトウさんの赤ペンチェックは僕の命綱だ。登記識別情報のミスや委任状の押印忘れは、彼女にかかれば即座に発見される。
そして事件が起きる
午後3時。届いた一通の登記情報提供請求書が、日常にささやかな異変を持ち込んだ。
一通の登記情報提供請求書
依頼者名は伏せられ、代理人として見慣れぬ司法書士名が記載されている。だが、登記簿にあるはずの不動産が、どこにも存在しない。
差出人不明の怪しい依頼
「サトウさん、これ、なんかおかしくないか?」
「ですね。これ、地番の書き方が旧表記のままです」
まるで誰かが、昔の情報だけを手にして動いているようだ。
内容と一致しない不動産情報
Googleマップで調べても、現在はマンションになっている。だが書類上は、空き地のままだ。何かが引っかかる。
動き出す「書類だけの世界」
まるで金田一少年の事件簿のように、日常の中に違和感がぽつりと現れる。探偵は名乗らない。ただ、黙って書類の裏を読み解く。
紙の裏に潜む嘘と意図
「これは、、、地面師か?」
違法な登記移転の前兆かもしれない。そう思った瞬間、久しぶりに背筋が伸びた。
「やれやれ、、、またか」
事件は小さい。けれど、放っておけば誰かが損をする。僕の出番はまだ残っているらしい。