仕事の話をしたら引かれた

仕事の話をしたら引かれた

なぜ「仕事の話」で場が凍るのか

先日、久しぶりに知人女性と食事に行った時のこと。相手の趣味や休日の過ごし方について一通り話を聞いた後、ふとこちらの仕事のことに話題が及んだ。気軽な気持ちで最近対応した相続の案件について話したのだが、その瞬間、彼女の表情がスッと曇った。まるで急に空気が重くなったような、そんな感覚だった。こちらとしてはごく普通の業務のひとつで、深刻な内容でもなかったのに、「あ、やっちゃったな」と直感した。司法書士という職業に対する一般的なイメージと、こちらが語る内容とのズレが、会話の温度差を生んでしまうのだろう。

司法書士という職業のイメージギャップ

司法書士という肩書きを聞くと、多くの人は「真面目」「お堅い」「地味」といった印象を持つようだ。もちろん間違ってはいない。ただ、実際に現場では生身の人間と向き合い、泥臭く、感情をぶつけられながら書類を整え、期限に追われながら業務をこなす毎日だ。たとえば、遺産分割をめぐって兄弟喧嘩が勃発した現場に立ち会ったときなど、冷や汗をかきながらも間に入って調整役に回ることもある。けれど、そういった話は、他人にとっては「重たい」「暗い」と捉えられがちで、せっかくの会話も台無しになることが多い。

誤解されがちな「地味で堅い」仕事

「司法書士って、ひたすら書類ばっかり書いてるんでしょ?」と言われたことが何度もある。もちろん書類仕事は多い。でも、それだけではない。相続や不動産登記、会社設立など、人生の節目に立ち会う役割だ。しかし世間一般の認識は、法務局と役所の間を右往左往してる人、くらいのものだ。だからこそ、「今日、こんな大変な相続案件があってさ」と話し始めると、「あー、そういう話いいや」と敬遠されてしまう。それが続くと、話すのも億劫になってくる。

リアルな現場の話は重たすぎる?

先日も、70代の男性が亡くなり、残された家族の相続手続きに携わった。財産よりも、親族同士のわだかまりが複雑で、まるで人間関係の地雷原を歩くようだった。この話を「ドラマみたいでしょ」と話しても、聞いてる側は曇った顔でうなずくだけ。こちらとしては面白い話のつもりでも、実際には“死”や“争い”という言葉が含まれる時点で、場の空気を重くしてしまうようだ。明るい話にうまく着地させる技術が求められるが、それもなかなか難しい。

話す側と聞く側の温度差

自分にとっては日常でも、相手にとっては非日常で、かつ耳をふさぎたくなる話題ということもある。それがわかっていても、会話の流れでつい話してしまうのが人間というものだ。「その仕事、大変ですね」と言われた時のあの、どこか他人事なリアクション。共感というよりも「それ以上話さないでほしい」ような空気を感じることもある。こちらはただ会話をしているつもりなのに、まるで空気を読めていない人になってしまう瞬間がある。

「すごいですね」止まりの会話に疲れる

「それって、すごいお仕事ですね〜」という定型文のような返事に何度も遭遇した。その「すごい」の中に本当に興味があるのかどうかは曖昧だし、その後の会話が広がらない。まるで終点の駅にたどり着いたような静けさが訪れる。「それで大変でしたね」と続けてくれれば、もう少し話せるのに…と期待してしまう自分もいて、毎回ちょっとした後悔が残る。会話って難しい。

そもそも聞かれてないのに語ってしまう罪

「どうして話したんだろうな…」と、帰り道に一人で反省することもしばしば。相手が仕事のことに興味を持っていないことに気づいていたのに、話題が見つからず、自分の得意分野に逃げた結果がこれだ。専門的な話題は、相手の関心がない限り、ただの“独り言”になってしまう。こうしてまたひとつ、「仕事の話をすると引かれる法則」が、自分の中で更新されていく。

共感されない孤独な業務

司法書士の仕事は、華やかさとは無縁だ。時には感謝されることもあるが、大抵は問題の火消し役であり、泥をかぶることも多い。誰かに話したくなる瞬間もあるけれど、そのたびに「重い」「怖い」「難しそう」と言われると、口をつぐむ癖がついてしまう。自分だけが理解している世界に閉じこもるような気持ちになるのだ。

自分では面白いと思った案件話が逆効果

昔、離婚調停後の名義変更で感情的になった元夫婦の間に入り、板挟みになった案件があった。そのときのやりとりは、まるでドラマのワンシーンのようで、「これは話のネタになる」と思っていた。でも、飲み会でその話を出した瞬間、周囲が一気に静まり返った。人の人生の“裏側”に触れる話は、聞く側にとっては“生々しすぎる”のかもしれない。自分だけが面白がっていたという痛い現実。

「遺言書あるある」が笑いにならない

こちらの業界では、遺言書の内容が意外すぎて驚くこともしばしばある。たとえば「全財産を愛猫ミーコに譲る」なんて話もある。業界内では「またか」と苦笑いするが、一般の人に話すと「笑えない」と言われることも。死と金、そして家族問題が複雑に絡む遺言書の話は、確かに笑いに昇華するにはハードルが高い。聞き手との距離感を誤ると、ただの“空気が読めない人”になってしまう。

人の死を扱う仕事ゆえの難しさ

ほぼ毎週のように、死亡届や戸籍の取得、遺産分割の相談が舞い込む。慣れたとはいえ、やはり人の死に関わる仕事は、精神的な負担も大きい。それを少しでも吐き出す場が欲しいと思って話しても、「そんな話、食事中にしないでよ」と言われてしまうこともある。日常の一部が、他人にとっては非日常すぎる。だから、黙るしかなくなる。

話すことで楽になりたかったのに

どんなに小さな愚痴でも、誰かに聞いてもらえるだけで救われることがある。でも、この仕事に関しては、なかなかそれができない。共感してもらえないどころか、「重い」「かわいそう」とすら思われてしまうときがある。結局、自分の中で抱え込むしかなくなり、疲れが蓄積していく。話すことで楽になりたかったのに、逆に孤独を感じてしまうのだ。

愚痴ではなく「共有」のつもりが裏目に

同じような境遇の人と話すと、分かり合える瞬間がある。それだけで心が少し軽くなる。でも、そうでない相手に向かって話すと、理解されずに終わるだけでなく、気まずさまで生まれる。別に愚痴りたいわけじゃなくて、「こんな仕事なんだよ」と共有したかっただけ。それがどうやら間違いらしい。そう思うと、次第に誰とも深く話せなくなってしまう。

それでも語りたい仕事の意味

引かれることがわかっていても、それでも語りたくなるのは、やっぱりこの仕事に誇りがあるからだ。地味でも堅くても、誰かの役に立っているという実感は、日々の疲れを支える支柱になる。その誇りを分かち合える人が少ないのは寂しいが、それでも話すことをあきらめたくはない。

誰にも話せないからこその葛藤

仕事帰り、コンビニの駐車場で車の中に一人で座って、今日の案件を頭の中で振り返る。「今日もよくやった」と思う一方で、「この話、誰にもできないな」と虚しさを感じる瞬間もある。誰にも話せないことが、胸の中に溜まっていく。その葛藤が積もると、どこかで爆発しそうになる。だから、ほんの少しだけ、誰かに話したくなるのだ。

相手に合わせた話題選びの難しさ

「どこまでなら話していいか」を探るのが、もはや会話のゲームのようになっている。「不動産登記」ならセーフか?「相続争い」はアウトか?そんなことばかり考えながら話すのは、やっぱり疲れる。誰とでも気楽に仕事の話ができる人が羨ましい。だけど、これが司法書士という職業の現実なのだろう。

沈黙に耐えるよりは…と話してしまう

会話が途切れたとき、沈黙が怖くて話題をひねり出そうとする。そのとき、つい口をついて出るのが「今日の仕事でさ…」という言葉。もしかすると、相手はただの沈黙を楽しんでいただけかもしれないのに、こちらが勝手に焦って場を壊してしまう。そんなときは、ひとりで「またやっちまった」と反省するしかない。

司法書士の仕事を理解してほしい願い

誰かにこの仕事の意味や、やりがいをわかってもらえたら、それだけで救われる気がする。話したいのは、理解してほしいから。引かれることを恐れて黙り込むよりも、自分の仕事に胸を張って語れるようになりたい。少なくともこの文章を読んでくれた誰か一人が、「司法書士も大変なんだな」と思ってくれたら、それだけで救われる。

社会的意義を伝える難しさ

役所の書類を処理するだけの人と思われがちだが、実際は人の人生に深く関わる仕事だ。家族の問題、会社の未来、亡くなった方の思い…。すべてを受け止めながら、最善の形に整える裏方のような存在だ。そこにある社会的意義を伝えようとしても、興味のない人にとっては「ふーん」で終わってしまう。だから、伝えること自体が難しい。

実は人助けをしていることが多い

自分で気づいていないだけで、司法書士の仕事は“困っている人を助ける”仕事の連続だ。亡くなった親の名義をどうすればいいのかわからない人、相続でもめて夜も眠れない人、会社を作りたいけど何から手をつければいいかわからない人…。そういう人たちの不安を、そっと取り除くのが私たちの仕事だ。もっと誇ってもいいはずなのに、それを語る場が少ない。

それでも「話さない」選択を迫られる

だからこそ悩ましい。「わかってほしい」と思う反面、「どうせまた引かれる」と口を閉ざす自分がいる。誰にも話せないけど、誰かに話したい。このジレンマを抱えながら、また明日も仕事に戻っていく。独り言のようなこの文章も、もしかしたらどこかの誰かに届くかもしれない。それだけが、少しの希望だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。