依頼人は古道具屋の娘
午後の事務所にふらりと現れたのは、色あせたトートバッグを抱えた若い女性だった。髪は無造作に束ねられ、どこか昭和の漫画から抜け出してきたような雰囲気がある。 彼女の父親は最近亡くなったばかりで、残された一通の遺言書に不審な点があるという。古道具屋の店を他人に譲る内容だったが、家族の誰もがそんな話を聞いたことがなかった。 「登記簿で、何か分かることってありますか?」と、彼女は不安げに尋ねてきた。
怪しい遺言書の真贋調査
見せられた遺言書は公正証書だった。日付も形式も問題ない。だが、どうにも言い知れぬ違和感があった。 俺の直感がそう囁く。経験則というやつだ。遺言の内容は、全く縁もゆかりもない古物商の名前が記されており、娘の存在には一切触れられていない。 「お父さんが、あの人に感謝してるとか言ってたことは?」と聞くと、依頼人は首を横に振った。
登記簿に刻まれた違和感
俺は事務所の端末を開き、古道具屋の登記簿を確認する。そこには、不自然な時系列の痕跡があった。 父親が死亡する数日前、店舗の土地建物が既にその古物商に移転されていたのだ。しかも登記原因は「売買」になっている。 「遺言で譲る」と書かれているはずなのに、なぜ売買で移転している?矛盾が浮き彫りになった。
所有権移転の不自然な時系列
売買契約書の日付と登記の受付日は一致していたが、本人確認書類として使われた運転免許証が、失効しているものだった。 つまり、父親は既に亡くなっていた可能性がある。にもかかわらず、登記はそのまま通っている。 「これは、、、誰かが意図的にやってますね」と、サトウさんが呟いた。珍しく感情を込めた声だった。
廃屋に残された謎の朱印
俺たちは現地へ足を運んだ。古道具屋は既に閉められ、看板も剥がされていた。窓はガムテープで目張りされ、誰も入れない状態だった。 だが裏口の鍵はこじ開けられており、倉庫の扉には奇妙な朱印が残っていた。まるで江戸川乱歩の怪人二十面相でも出てきそうな雰囲気だ。 倉庫の中は荒らされていた。だが、その奥に封筒が一つ、無造作に置かれていた。
封印された倉庫と壊れた南京錠
封筒には「本物の遺言書」と書かれていた。中には、娘にすべてを相続させるという自筆証書遺言が入っていた。 日付も署名も揃っているが、これは家庭裁判所で検認手続きが必要になる。 しかしこれが真実なら、登記済みの「売買」は無効になる可能性が高い。
サトウさんの一言が導いた突破口
「この署名、最近の字じゃないですね」 サトウさんが遺言書を手に取り、筆跡を指差した。俺も覗き込むと、確かに生前の手帳の文字とは違っていた。 筆跡鑑定の必要性が出てきた。もし偽造であれば、封筒ごと誰かが仕込んだ可能性がある。
遺言書と登記の整合性を再検証
結局、最初の公正証書遺言も後から作られたもので、日付の記載には証人の一人が既に他界していた日付が使われていた。 つまり二つの遺言書は、どちらも怪しい。登記だけが唯一、公式記録として残っていた。 俺たちは再び登記に戻り、申請人の代理人を洗い出すことにした。
不動産取引に潜む影の存在
調査の末、登記申請を行った司法書士の名前が浮上した。地元でも噂のあった男で、過去に二度処分歴があった。 事務所は既に閉鎖されていたが、当時の補助者の証言で真実が判明した。 どうやら古物商とグルになり、虚偽の書類で登記を通したらしい。
背後に見え隠れする地元業者の影
古物商は実は不動産ブローカーだった。価値のある空き店舗を狙い、相続人が動く前に登記を済ませるのが手口だった。 登記完了後に裁判で争っても、時間がかかり、相手が折れることを見越していたのだ。 「まったく、こっちはサザエさんの波平じゃないんだから」と俺は愚痴をこぼした。
司法書士シンドウの推理
裁判所に申立てを行い、登記の抹消と売買契約の無効を訴えた。鑑定と証言の結果、俺たちの主張が通った。 倉庫にあった遺言書も偽造と認定されたが、それによって逆に公正証書遺言の信用性が揺らいだ。 不動産の所有権は、依頼人である娘に戻された。
登記と遺言の矛盾が示す真相
登記は嘘をつかない。ただし、それをどう読み解くかは俺たちの仕事だ。 「やれやれ、、、また胃薬が増えたな」と呟いたら、サトウさんが無言で薬袋を机に置いた。 気が利くんだか塩対応なんだか、よく分からないが、こうしてまた一件落着だ。
やれやれ事件の結末と静かな日常
依頼人は涙ぐみながら頭を下げた。「父の店を守れてよかったです」と。俺は「こちらこそ」と軽く会釈を返す。 外は秋の気配が濃くなってきていた。帰り道、コロッケの匂いが漂ってきて、なんだか無性にお腹がすいてきた。 「サトウさん、今日はもう閉めて、スーパー寄って帰ろう」と言ったら、無言で立ち上がった。どうやら同意らしい。
最後に動いたのは意外な人物だった
後日談として、倉庫にあの遺言書を仕込んだのは、古物商の元補助者だった。 正義感からの行動だったが、結果的に裁判の流れを混乱させてしまった。 正義とは時に余計なお世話だ。俺には、その塩梅がちょうどいいくらいが性に合っている。