朝一番の封筒
その朝、机の上に封筒が三通置かれていた。いずれも裁判所からの正式な封書。差出人名には見覚えがあるようで、ないような、妙な既視感があった。
朝イチで封筒が三通。たいてい碌なことじゃない。窓の外は晴れているのに、僕の胃はどんより曇っていた。
「サトウさん、これ届いてた?」と訊ねると、彼女は無言でうなずき、冷えた麦茶を机の端に置いて去っていった。朝から塩対応全開である。
見慣れない差出人
封筒にはそれぞれ異なる事件番号が記されていたが、妙なことに、申立人の名前はすべて「吉本太一」となっている。奇妙な偶然か、あるいは何かの仕掛けか。
この名前、確か昨日もどこかで見たような気がする。いや、正確には「聞いた」だったか。電話だったろうか、それとも裁判所の掲示板か。
中身を見ようと手を伸ばしかけて止めた。何か、引っかかる。それは野球でボールがバットに乗り切らなかったあの感覚に似ていた。
三通という不吉な数
三という数字には妙に不吉な響きがある。三度目の正直というが、三度目には嘘が混じることもある。僕の経験では、三通の封筒には一つだけ「罠」がある。
三連続で裁判所から届くというのも尋常ではない。しかもいずれも異なる件名で、同日到着。事務処理上の偶然では片づけられない。
やれやれ、、、今日も面倒な一日になりそうだ。
サトウさんの無言の視線
昼前、再び封筒の件で話しかけようとすると、サトウさんは黙って一枚のメモを差し出した。「三件とも筆跡が違います」とだけ書かれている。
まるでキャッツアイが盗みに入ったあとに残していくカードのように、無駄がない。相変わらず切れる人だ。無駄に口数が少ないのも、逆にありがたい。
封筒を並べて比べると、確かに宛名の字体がそれぞれ異なる。が、それでも送り主は同じ「吉本太一」。これは、何かの偽装かもしれない。
封筒の色と厚みに潜む違和感
よく見ると、三通の封筒の紙質が微妙に違っていた。Aは通常の裁判所用、Bはわずかに薄く、Cは明らかに再封印された跡があった。
これはコナンくん的に言えば「同じ犯人が別のトリックで三つの状況を演出した」パターンだ。現実にしては芸が細かすぎるが。
僕は一番怪しいC封筒から開封することにした。すると、中に入っていたのは通知書ではなく、一枚のコピーと走り書きのメモだった。
依頼人の名が重なっている
コピーは3年前に僕が関わったある相続放棄案件のもので、そこにも「吉本太一」の名前があった。だがその人物は既に死亡しているはずだ。
まさか、亡くなった依頼人の名を使って何者かが動いているのか。だとすれば、残りの二通も虚偽の申請かもしれない。
僕は急いで、当時の記録を保管しているバックヤードへ向かった。埃の積もるファイルをめくる手が震えていた。
まさかの同姓同名三連発
過去の案件を調べていくうちに、同名の「吉本太一」が少なくとも3人存在したことがわかった。一人は死亡、一人は海外転居、もう一人は現役の不動産業者だった。
それぞれに微妙なつながりはあるが、親族ではない。だが何らかの因縁で同時に利用された可能性はある。これは偶然ではない。
まるでルパン三世が三人同時に現れて犯行声明を出したような錯覚。違和感とスリルが交錯する。
ひとつだけ日付が未来になっていた
封筒Bの通知書の日付が未来――明日の日付になっていた。裁判所がそんなミスをするとは考えにくい。これは意図的な記載だ。
つまり、封筒Bだけが「まだ起きていない出来事」を予告している可能性がある。僕は即座に記載された事件番号を裁判所に照会した。
するとその番号は「現在処理中」となっていた。つまり、誰かが僕に“未遂”の案件を予告してきたことになる。
届くはずのない通知
本来ならば僕のもとに来るはずのない通知。しかも未提出のはずの事件書類が添付されている。これは外部から持ち出された裁判所内部文書だ。
内部に協力者がいるか、あるいは文書偽造の専門家の仕業か。どちらにしても、これは単なる嫌がらせではない。
「目的はなんだ?」と呟いたとき、サトウさんが言った。「たぶん、あなたを試してるんですよ」それは軽蔑とも皮肉ともつかない声だった。
事務所に現れた男と名乗らない声
午後三時、事務所に男が訪れた。サトウさんの無言の合図で、僕は面談室に案内した。男は名乗らず、ただこう言った。「届きましたか、三通」
「あなたが吉本太一ですか?」と訊ねたが、彼はニヤリと笑っただけで答えなかった。そして一枚の紙を取り出し、静かに机に置いた。
それは、自分が「吉本太一」という架空人格で三人を操っていたという告白文だった。三人の存在を利用し、僕の反応を見るためだけの実験だったと。
全てが明かされるとき
結局その男は身元不明のまま、紙一枚を残して去っていった。だが残された文書は、警察への告発にも十分な証拠だった。
警察に通報し、後日男は捕まった。彼は元裁判所職員で、過去の不正を告発され逆恨みしていたらしい。
封筒三通の謎はこうして幕を閉じた。が、僕の胃痛はしばらく続くことになるだろう。サトウさんは、そんな僕に「カフェイン控えた方がいいですよ」とだけ言った。
朝の光の中で封筒は燃えた
事件の後、僕は三通の封筒を焼却した。証拠はすでに保管済みだったからだ。燃え上がる封筒の灰を見ながら、僕は静かに呟いた。
「やれやれ、、、これで少しは静かな日々が戻ってくるかと思ったのに」そう思ったのも束の間、ファックスがけたたましく鳴り始めた。
新たな事件の予感を感じながら、僕は重い腰を上げた。司法書士という仕事は、どうやらヒーロー稼業よりも落ち着かないものらしい。