登記簿に浮かぶ微かな声

登記簿に浮かぶ微かな声

依頼人は無口な老人

朝、事務所に入ると、すでに一人の老人が待っていた。年季の入った帽子を胸に抱え、顔を上げることなくソファに腰かけている。声をかけると、彼は一言だけ「相談が」とつぶやいた。

テーブルの上に置かれたのは、黄ばんだ登記事項証明書と、古びた権利証だった。どうやら所有権に関する疑問があるらしい。だが、彼の話し方はあまりに少なすぎて、全貌が見えなかった。

古びた書類鞄と震える手

老人は鞄の中から、折れた万年筆と数枚のメモ書きを取り出した。その手は微かに震えている。書類の隅には、聞き覚えのある名字があった。だが、それが何を意味しているかは、この時点では分からなかった。

彼の語らぬ声の代わりに、手元の証拠が語り始めていた。登記簿に記された名前と、老人が言いたいこと。その間には、見えない深い溝があった。

妙に整った謄本の違和感

登記簿を見た瞬間、妙な整い方に気づいた。行間が妙に詰まっていて、不自然な補正がなされているように思える。項目の並びも妙にきれいで、まるで誰かが見せかけの完璧さを演出しているようだった。

こういうのは、サザエさんのエンディングで波平が全力で走ってる場面くらい不自然だ。つまり、「おかしい」と直感が告げている。

過去の売買と現在の矛盾

過去の売買記録と現在の名義人を突き合わせてみると、どうにも繋がらない。売買のはずが、実際には所有権が移っていないような痕跡がある。にもかかわらず、名義だけは変わっている。

そこには、単なる登記ミスでは説明のつかない意図的な改ざんのにおいがした。

サトウさんの素早い照合作業

無言で机に向かったサトウさんは、過去十年分の登記履歴と物件情報を一気に照合していく。そのスピードは、まるで怪盗キッドが変装を解く瞬間のようだ。

「これは、、、変ですね」短く言って、再び手を動かす。冷静沈着なその姿勢には、さすがとしか言いようがない。

「これは、、、変ですね」

「売買契約書の日付と、登記の日付が一致してません。しかも、登記のほうが先に処理されているんです」彼女が指差した箇所には、確かに不自然な時系列のずれがあった。

やれやれ、、、また面倒な案件の匂いがする。

火曜日の法務局での再確認

火曜日、法務局の閲覧室で原本を確認すると、コピーには現れない修正跡が見つかった。誰かが訂正を入れた形跡、しかも公式な登記官のものではない。

この時点で、単なる登記の手違いという線は完全に消えた。何かが、誰かが、確実に意図を持って改ざんしている。

登記官の怪訝な表情

対応してくれた登記官も、何度か資料を読み返してから「これは、、、おかしいですね」と小さくつぶやいた。すぐに上司を呼び、調査チームが動くことになった。

まるで探偵漫画の犯人が追い詰められるような展開になってきた。

関係者の名前が消えている

最も不可解だったのは、ある人物の記載が完全に消されていたことだった。謄本上では存在しないことになっているが、老人のメモとサトウさんの調査記録にはその人物の痕跡が明確に残っていた。

「なかったことにされた人間」その存在が、この事件の核心にあると確信した。

元所有者の足跡が消失

消された人物は、3年前に一度だけその土地の所有権を有していたが、謎の抹消登記がされていた。抹消理由の項目には「本人意思による」とあるが、その署名すら残っていない。

あまりに杜撰な操作に、怒りよりも呆れがこみ上げてくる。

封筒の中の一通の遺言書

老人が再び鞄から出した封筒には、一通の遺言書が入っていた。それは、消された名義人からの手紙だった。自分の死後、土地はある女性に譲りたいと記されていた。

だが、その女性の名も、登記には一切現れていなかった。

筆跡と日付の意味するもの

筆跡鑑定の結果、遺言書は本物だった。そして日付は、問題の抹消登記よりも前。つまり、意図的に無視された可能性が高い。

これで確信に変わった。犯人は、登記の仕組みを熟知した人間だ。

近所の不動産業者の証言

地元の不動産業者に話を聞くと、あの土地は一度売りに出されたが、すぐに取り下げられたという。「登記が変わった直後だったから、何かあったんだろうね」とのこと。

登記と売買の間に、何かきな臭い動きがあったのは間違いない。

「あの家は、、、変な取引でね」

「市役所の職員が連れてきた司法書士と、ひと晩で契約決めてましたよ。普通じゃないですね」と語る業者。急な契約、急な登記、そして消された名義。

全てが一本の線で繋がって見えてきた。

一通の電話がもたらす新展開

翌日、事務所に一本の電話が入った。「登記が勝手に書き換えられた気がする」との通報。差出人の名前は、あの封筒にあった女性だった。

偶然にしては出来すぎている。この一報で全てが明らかになる予感がした。

「登記が勝手に書き換えられた」

女性は不動産の相続人だった。だが、自分が登記されたことも、抹消されたことも知らされていなかった。「あれは、勝手にやられた」と言う。

ようやく、すべてが揃った。

シンドウの野球部的発想が冴える

「これは、ダブルプレーが狙えるな」つぶやいたのは、かつて内野手だったときの感覚が蘇ったからだ。抹消と登記の両方に証拠があり、二つの行為を一気に突けば一網打尽にできる。

「サトウさん、あとは決め球だ」

「ここでダブルプレーを狙えば、、、」

二重登記と偽造署名、両方の証拠を持って告発状を作成。登記官の協力も得て、司法書士会へも連絡。相手はすぐに観念し、不正を認めた。

見事にダブルプレーが決まった。

真犯人は司法書士だった

犯人は、依頼を受けた司法書士だった。書類の保管・登記代理の立場を利用して、都合の悪い名義を除外し、関係者に利益を集中させた。

その結果、土地は転売され、利益は水面下で彼の手に渡っていた。

偽装登記と報酬の裏側

動機は金だった。遺言書の存在を知りながらも無視し、登記を操作して利益を独占した。だが、登記という記録は、そう簡単には彼を許さなかった。

紙の記録に、微かに残された声が全てを物語っていた。

サトウさんの冷静なとどめの一言

報告を終えた帰り際、サトウさんがぽつりとつぶやいた。「最初から、自分が一番賢いって顔してましたね。ああいう人、すぐバレます」

その言葉に、少しだけ救われた気がした。

「やっぱり、あんたか」

老人が呟いた一言が、耳に残った。「やっぱり、あんたか」信じていた司法書士に裏切られた悲しみと、同時に解決した安心が交錯していた。

そして、事件は終わった。

やれやれ、、、また書類仕事が増えた

事件の後始末は山積みだ。訂正登記、報告書、関係各所への通知。誰かを救えば、書類が増える。それが司法書士の宿命らしい。

やれやれ、、、コーヒーでも淹れようか。

でも正義の記録は改ざんできない

登記簿は、誰がなんと言おうと真実の証人だ。今回も、その記録が一つの人生を救った。見えない声が、記録の中に確かに残っていた。

その声を聞ける限り、俺の仕事は終わらない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓