赤で書かれた申請書
朝の申請窓口で見つかった異変
法務局の受付に、一枚の登記申請書が置かれていた。提出者の姿はすでになく、窓口の職員はその紙を見て首をかしげていた。 そこには明らかに赤インクで記入された申請原因が書かれていたのだ。
赤いインクで記された登記原因
「売買」とだけ書かれたその文字は、まるで血がにじむような赤だった。 通常、登記申請書は黒または青のボールペンで記載されるのが通例であり、赤インクなど論外だ。 申請を拒否される可能性もあるため、何かしらの悪意すら感じられた。
シンドウのつぶやきとサトウさんの冷静さ
「赤ってさ、間違いを訂正する色だろ。わざとかこれ……」 私は思わずつぶやいた。だがサトウさんは書類を手に取り、冷静な声で言った。 「筆跡、見覚えありませんか? 依頼人の山川さんの字じゃないですよね」
元野球部の記憶が蘇る手書き文字
たしかに何か違和感があった。 高校時代、野球部でスコアブックを書いていた頃、対戦校のマネージャーの筆跡に似ていたのだ。 あの「うにゃうにゃ」とした癖字――そうだ、あれは女性の字だ。
これは誰の筆跡ですか
サトウさんは一歩も譲らない口調で、山川氏に訊ねた。 「これはあなたが書いたんですか?」 山川氏は目を伏せ、曖昧に頷いた。しかし、その動きは明らかに嘘を隠している者の態度だった。
依頼人の沈黙と過去の取引
話を聞いていくうちに、数年前に亡くなった兄の土地を、名義変更せずに売ろうとしていることが分かってきた。 しかも、兄の妻が遺言書を持っていたという情報もある。 つまりこの登記申請書は、誰かにとって都合の悪い事実を隠すための偽装だった。
登記官の顔が曇った瞬間
法務局の登記官に相談すると、顔が一瞬強張った。 「この筆跡……見覚えがあるかもしれません。去年、別件で登記が却下された案件に似ています」 職員の声は低く、緊張を帯びていた。
サザエさんと赤鉛筆の関係を思い出す
「昔さ、サザエさんで、波平さんが赤鉛筆で重要書類書いて怒られる回あったよな……」 私のつぶやきに、サトウさんはため息をついた。 「現実では笑えないですよ。赤で書いたら司法書士の信用が赤字になりますから」
間違っていたのは登記か人間か
不正があったとしても、それを証明するには確固たる証拠が必要だ。 筆跡鑑定をすることになり、書類と過去の記録が集められた。 間違っていたのはインクの色ではなく、それを使わせた誰かの心だった。
やれやれ赤はいつも事件の色だ
「やれやれ、、、結局こうなるのか」 私は机に書類を並べながらつぶやいた。 この街では、赤は祝儀袋の色ではなく、事件のはじまりのサインらしい。
サトウさんの鋭すぎる一言
「その赤インク、多分プリクラ機の横に置いてある100円ショップのペンですね」 言われてみれば、インクがにじんでいる。安物の証拠だ。 それが証明された瞬間、真犯人の名前が浮かび上がった。
司法書士の出番はここから
この申請は無効。登記官に事実を伝え、登記は保留に。 一方で、偽装に関わった者には不法行為責任が及ぶ可能性がある。 司法書士としての、私の出番がやっとやってきた。
古い土地台帳が語った真実
過去の台帳には兄名義のままの土地と、相続人として記された未亡人の名前が残っていた。 相続登記を経ずに売買はできない。 登記を通して浮かび上がったのは、欲と無知が絡み合った人間模様だった。
赤インクの中に隠されたもう一つの契約
さらに、赤インクで書かれた裏面には、もう一つの手書きの契約書が。 そこには、「妹に売却すること」と書かれていた。 山川氏は、兄の妻と通じて土地を横流ししようとしていたのだった。
サインをしたのは本当に依頼人か
筆跡鑑定の結果、署名は山川氏のものではなかった。 実際にサインしたのは兄の妻で、既に認知症が進んでいた。 つまりこの申請書は、最初から成立し得ない代物だった。
最後に封筒の中から出てきたもの
山川氏が持っていた茶封筒の中には、さらにもう一通の遺言書があった。 しかし、それも偽造されたものと判明。 事件は刑事事件として処理され、司法書士の仕事としてはここで一区切りとなった。