謄本と風に消えた遺言

謄本と風に消えた遺言

空き地に舞った一枚の紙

午後の風が運んだ謎

五月の終わり、昼下がりの静かな町。私は法務局から戻る途中、ふと目に入った空き地の片隅で白い紙が風に舞っているのを見つけた。
「ただのゴミか」と一度は通り過ぎようとしたが、どこかで見たようなレイアウトに、足が止まる。まさか、と思い拾い上げたその紙は、紛れもなく登記簿謄本だった。

それも、ついさっき依頼人から預かったばかりのもの。何かの拍子にカバンから抜けたのか。冷や汗が背中を伝い、私は辺りを見渡したが、もう一枚、風に舞って遠くへ消えていく姿が見えた。

依頼人は何を遺したのか

依頼人は、先週亡くなった資産家の弟。生前、兄との確執があり、「遺言書がどこかに隠されているはず」と言い残していた。
だが遺言は見つからず、相続人らは困惑していた。私は名義変更の準備のために、法務局で謄本を取得したばかりだったのだ。

それが今、風にさらわれたとなると、ただの書類紛失では済まされない。遺言の有無によって、相続の行方がまるで変わるからだ。

午前三時の留守電

サトウさんの冷静な推理

翌朝、事務所の電話に無言の留守電が残っていた。わずかにラジオのような音声と風の音。それを聞いたサトウさんは、「この風の感じ、昨日の午後じゃなくて夜ですよ」と即答した。

それだけでなく、「ラジオ、これ地元のコミュニティ放送ですね。夜中三時にやってる番組です」とまで言い当てた。やれやれ、、、もう俺の出る幕はないのか。

消えた謄本の行方

誰が持ち出したのか

再び空き地を訪れた私は、そこで近所の老婆から意外な証言を得た。「昨日の夕方、紙を拾った男の人がいたよ。えらく慌ててた」
どうやら、誰かが謄本を拾って持ち去ったらしい。

その男の特徴を聞き出し、記憶の中の依頼人の親族に重なる姿が浮かぶ。彼は遺言書の存在を恐れている人物だった。
その謄本が遺言書の在処を示していると知っていたなら——。

紙一枚で変わる相続人

思い出した。依頼人が言っていた。「兄の隠し場所、きっとあの土地に関係してる」と。
つまり、その土地の登記簿——つまり紛失した謄本には、ヒントが隠されていた可能性がある。
サトウさんは眉ひとつ動かさず、「それ、原本に記載された附記が鍵ですね。複製では気づけない細かいもの」と呟いた。

登記簿の裏を読む

亡き依頼人が残したメッセージ

再取得した謄本を眺めていて、私はある不自然な地目変更の履歴に気づいた。
10年前、一度だけ「畑」に戻してまた「宅地」にした記録。これは意図的な操作だ。
そしてその期間、たった一週間。まるで何かを地中に隠すための一時的な作業のように見える。

私はその週の土地工事の申請記録を調べた。そして、小さな地下収納庫の申請がされていたことを突き止めた。

土地の境界線に潜む罠

登記情報から導き出されたその座標を頼りに、私は現地で金属探知器を持って地面を叩く。
まるで考古学者だ。途中、スコップを持つ私をサトウさんが見て一言、「警察に通報されますよ」と冷たく言い放った。

だが数分後、私は石蓋のような感触に出会った。取り出してみると、中には防水ケース。その中にあったのは、手書きの遺言書だった。

崩れる証言

「あの時、確かにここに」

遺言書の中身は、相続人の配分を兄が明確に示したものだった。しかも、公証されていない自筆証書。
親族の一人が「そんなもの、見たことがない」と証言していたのは明らかな嘘になる。

「証書を探す時間がなかった? 本当は隠したのでは?」と問い詰めると、彼は口を閉ざした。
事務所に戻ったあと、警察から「供述が変わった」と連絡が入った。

調査の終着点

風が巻き戻す真実

全ては、カバンから飛び出した一枚の紙から始まった。
風に舞ったその紙が、逆に真実の扉を開けたのだ。私はソファに沈み込み、空を見上げた。

「やれやれ、、、また紙一枚でこんなに疲れるとはな」
となりでサトウさんはコーヒーを飲みながら、どこか満足げだった。

真犯人との対峙

書類をめぐる静かな攻防

遺言書を改ざんしようとした形跡が残っていたことから、犯人は書類操作のプロではないと判断された。
そこから導き出されたのは、犯人が司法手続に関して素人だったという事実。
意外にも、もっとも怪しくなかった人物が最終的な共犯だったのだ。

サトウさんの一撃

「この筆跡、実は偽造ですね。弟さんの筆跡を真似て書いてるけど、クセが違う」
そう断言したサトウさんの一言で、犯人は観念した。
私はその様子を見ながら、「ほんと、名探偵コナンの毛利小五郎みたいな気分だ」と呟いた。

すべてのピースがそろった

謄本が語る真相

書類が消えたと思ったときは焦ったが、逆にそれが真相への道しるべになった。
偶然は重なり、そして最後には必然となる——それが事件解決の醍醐味なのだろう。

そして沈黙した犯人

最後に残ったのは、沈黙する犯人と、晴れた空だけだった。
私の手には、謄本と遺言書。紙にすべてが詰まっている。
私はそれを静かに閉じて、サトウさんに手渡した。

依頼人の本当の願い

誰に託したかったのか

遺言の文面には、争いを避けてほしいという一文があった。
やはり彼は、自分の死後も家族のことを案じていたのだ。
その願いを叶えるために、私たちは書類を守ったのだと思いたい。

相続と想いの交差点

相続は財産の話だけではない。心の整理と、想いの継承でもある。
それに気づかされるのは、決まって事件が片付いたあとの静けさの中だ。

事務所に戻る夕暮れ

少しだけ、風が優しかった

事務所の窓を開けると、ほんのりと涼しい風が入ってきた。
いつものように机の書類が少しだけ舞い上がったが、今回はちゃんと重しを置いていた。

「やっぱり俺は司法書士なんだな」

たかが謄本、されど謄本。
それが運命を変えることもある。
私は湯のみを片手に、今日も書類と向き合うのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓