そこに住んではいけない

そこに住んではいけない

朝一番の不動産会社からの電話

朝のコーヒーを一口飲もうとしたところで、電話が鳴った。いつもの不動産会社の担当者、ナガオカ氏だった。 「先生、例の空き家の件、やっぱりおかしいんですよ。登記上は誰も住んでいないのに、最近電気メーターが動いていて……」 コーヒーは冷め、胃がまた痛くなる予感がした。

不穏な声と不明な住人の話

「誰か住んでるんですか?」と尋ねると、ナガオカ氏は歯切れ悪く答えた。「近所の人の話じゃ、夜になると灯りがつくらしいんですよ。郵便受けも満杯だし…」 またか、と思った。地方には空き家が多く、こういう話は珍しくない。でも、何かが引っかかった。 「とりあえず見に行きましょうか」と俺はため息まじりに言った。

登記簿と現況の不一致

法務局で登記簿を確認したが、所有者は10年前に亡くなっていた。相続登記はされておらず、固定資産税も滞納中。 「また放置物件か…」と呟いた俺の隣で、サトウさんが鋭い目で履歴を追っていた。 「先生、この住所、前に相談受けたことありませんでした?」 言われてみれば、そんな気がする。

現地確認に向かったシンドウとサトウ

午後、現地に向かった。築40年は経っているであろう木造平屋が、静かに佇んでいた。雑草が腰まで伸び、郵便受けには紙が詰まり、玄関の鍵は閉まっていた。 しかし、玄関脇の小さな窓から覗くと、生活感のあるカレンダーとスリッパが見えた。 誰か、確実に住んでいる。

朽ちかけた空き家に人の気配

玄関先で「こんにちはー」と何度か呼びかけたが、返事はない。裏手に回ると、勝手口が半開きになっていた。 「不法侵入にならないようにしてくださいね」とサトウさんが念押しする。 「やれやれ、、、まるでカリオストロの城の潜入作戦だな」とつぶやいたが、誰も笑ってはくれなかった。

残された生活感と郵便物

中に入ると、埃はあるが確かに人が住んでいた形跡があった。仏壇に新しい花、テレビのリモコンがソファに置かれている。 冷蔵庫には賞味期限の新しい牛乳。これはただの空き家ではない。 「先生、郵便物、見てください。差出人は全部『ケイシロウ』という名になってます」 俺の背筋が凍った。

登記の履歴と名義変更の謎

登記簿にはそのような名前はない。所有者は山本スミエ。ケイシロウという人物が登記に関与した形跡はなかった。 「ケイシロウって、もしかして…」 サトウさんがスマホで過去の相談履歴を調べていた。 「いました、3年前、スミエさんの甥を名乗って相続の相談に来た男です」

古い委任状と偽名の兆候

記録に残っていた委任状には、確かに「山本ケイシロウ」と書かれていたが、印鑑はスミエのものと一致していなかった。 「筆跡も違いますね。これ、偽造です」とサトウさん。 「完全にアウトじゃないか……っていうか、俺たち何してんだっけ?司法書士事務所だよな?」と自虐が出る。

元の所有者の消息を追って

市役所の戸籍課で調べると、山本スミエには子どもも兄弟もおらず、相続人不存在の状態だった。 しかし、それを知ったうえで“甥”を名乗ったケイシロウは、何のためにこの家を使っているのか。 ただの住居か、それとも別の目的があるのか。

近隣住民の証言

向かいの老婦人によれば、「夜な夜なスーツ姿の男が来てたよ。週に1回くらい」とのこと。 スーツ…まさか、仕事か何かで使ってるのか? 家を調べると、奥の部屋にはパソコンと段ボール箱。中には書類がぎっしり。

夜な夜な出入りする男

書類には不自然な書き換えの跡があり、登記申請用の様式も混じっていた。 「これ、登記簿を模した偽造書類ですね。しかも……10通以上ある」 悪用する気か。俺は心底ぞっとした。 「これはもう、完全に警察案件ですね」

土地を狙う誰かの影

別の空き家の登記簿写しまで用意されていた。これは一件では終わらない。 「空き家の登記簿を偽造して、第三者に売るつもりだったんでしょう」とサトウさんが推理する。 「まるで不動産詐欺ルパンかよ…やれやれ、、、」

不法占拠か合法居住か

ケイシロウはこの家に5年以上住んでいた可能性があるが、本人の許可なく住んでいたなら、それは不法占拠になる。 しかし彼はそれを“時効取得”と主張していた形跡もあった。 登記簿が変更されていないことが、唯一の救いだった。

占有と時効取得の境界線

時効取得には“所有の意思”が必要だが、彼の行動には明確な悪意があった。 この点が時効取得の主張を崩す決定打になる。 「やっぱり法律は正直だな」と俺はぼそりとつぶやいた。

鍵を握る古い賃貸借契約書

さらに家の奥から発見されたのは、スミエがかつて貸していた別の借家の契約書だった。 その署名も「ケイシロウ」だった。つまり、以前からこの地域で同様の手口を使っていた可能性がある。 これは連続的な犯罪のにおいがした。

サトウさんの推理

「この家を使って、偽造した登記簿を練習していたんです。だから生活感があるのに、仕事道具ばかりだった」 サトウさんの言葉に、俺は思わず拍手しそうになった。 「さすが、ウチの名探偵。ホームズより仕事早いよ」

宅配ボックスに隠された証拠

玄関横の宅配ボックスから、小型プリンターと偽造印鑑が見つかった。 「証拠能力、ばっちりですね」とサトウさんが淡々と言う。 「司法書士じゃなくて探偵業に転職したほうが良くないか?」と俺が言っても、彼女は鼻で笑っただけだった。

法務局職員との再会

法務局で偽造印鑑を見せると、古株の職員が目を丸くした。 「これ、数年前に偽造印鑑被害が出たときと同じ彫り方だ」 それが、別件とつながっている証拠だった。

真相に迫る証拠の整理

集めた書類、郵便物、印鑑、パソコンのデータを警察に提出した。 ケイシロウの正体は、前科持ちの偽名常習者で、全国の空き家を渡り歩いていた。 最後の一押しは、スミエ宛の手紙だった。「叔母の家を大事に使わせてもらってます」——皮肉な言葉だ。

最後の対決と意外な黒幕

警察が動き、ケイシロウは逮捕された。しかし、彼の裏には地元の不動産ブローカーがいた。 「登記が放置されてる物件は、金になる」と言ったその男の顔は、笑っていなかった。 この町にも、知られざる闇があった。

動機は土地ではなかった

ケイシロウがこの家を選んだのは、昔スミエに育てられた恩義と、復讐の混じった感情からだったという。 人は、感情と犯罪を区別できないときがある。 「やれやれ、、、司法書士に向いてないかもな」と俺はポツリと言った。

事件の終わりと空き家の行方

行政代執行で家は撤去され、土地は売却されることになった。 スミエの遺産は結局、町の整備に使われることになった。 誰かが住んでいた場所も、今は静かに風が吹いている。

登記をめぐるもう一つの物語

登記簿は紙の記録だが、そこには人の歴史がある。 空き家ひとつから、人生が浮かび上がることもある。 司法書士の仕事とは、物件を扱うのではなく、人を見つめることなのかもしれない。

やれやれシンドウの独り言

「サザエさんみたいに平和な日々って、あるのかね…」 空を見上げると、秋の雲が流れていた。 「まあ、今日も何とか終わったな」 やれやれ、、、また胃薬が減る。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓