登記簿に消えた所有者

登記簿に消えた所有者

登記簿に消えた所有者

雨の午後に持ち込まれた謎の依頼

梅雨の終わりを告げるような、しとしとと降り続ける雨の午後だった。 ぼんやりと冷めたコーヒーを眺めていたところに、年配の女性が傘をたたみながら事務所に入ってきた。 「息子の土地が、知らないうちに他人のものになってるんです…」と、彼女は開口一番に言った。

空欄の登記簿と不審な売買履歴

差し出された登記事項証明書を見て、僕は目を細めた。 確かに、現在の所有者名の欄には見慣れない法人名が記されている。 だがその直前の移転原因が「売買」とあるにもかかわらず、売主の欄がなぜか空白だった。

調査開始と消えた足跡

サトウさんの冷静な分析

「これ、所有権移転登記が完了してるのに、売主の記載がないのはおかしいですね」とサトウさん。 淡々とそう言って、ファイルを僕の前に差し出した。 そこには以前の登記簿のコピーと、地元の不動産会社の名刺が貼られていた。

消滅したはずの旧所有者の存在

念のため法務局で閉鎖登記簿も確認した。 すると驚くことに、かつてこの土地は依頼人の息子が相続で取得したはずなのに、登記簿にはその名がない。 いったい、いつ、どこでこの登記がすり替えられたのか。

不動産会社の不可解な対応

重要書類の抜け落ちたコピー

「これが全部の資料です」と言って、不動産会社の担当者が出してきた書類には妙に抜けが多かった。 売買契約書のはずの書類に、売主の署名がない。 さらに印鑑証明書は、なぜか別人のものが添付されていた。

元代表者が語る過去の誤解

話を聞くうちに、その法人の元代表者が高齢で認知症を患っていたことがわかった。 「彼はね、土地なんて持ってなかったんだよ。借地権のつもりで動いてたんだ」 登記手続きは、どうやら書類の不備を誰も確認しないまま進められてしまったようだ。

真相の糸口と失われた一通の手紙

資料の中にあった古いメモ

紙の束の奥から出てきたのは、鉛筆で書かれた走り書きのメモ。 「この土地は、将来は一郎のものに。登記はまだ」 これは依頼人の息子に譲るつもりだったという、亡き父の意志の証拠かもしれない。

すれ違ったままの親子関係

依頼人の話によれば、息子は父と口論の末、家を出たまま音信不通になっていたという。 だから父親が亡くなったあと、相続の手続きをしないまま年月が経った。 その隙に、別の人間が登記簿の隙間に入り込んだというわけだ。

登記の隙間に潜む犯罪の影

所有権移転の裏にある偽造の兆し

いくつかの書類には、明らかに同じ筆跡で異なる人物の署名がなされていた。 しかも印影も不自然な滲みがあり、まるで「漫画の探偵モノで出てくるトリック」そのものだった。 念のため警察にも報告したところ、彼らも動き出した。

知られざる相続と無断の処分

不動産の名義を確認せず、他人の土地を勝手に売った人物がいた。 それを信じた法人が登記を申請し、書類上は問題がなかったため、法務局も通してしまった。 しかしその実、すべては虚構の上に成り立った移転登記だった。

行政書士との対峙

曖昧な記憶とごまかされた説明

「あの時は、確かに依頼されたんです。でも…詳しいことは覚えてなくて…」 顔を引きつらせる行政書士の言葉に、サトウさんは眉をぴくりと動かした。 「それ、言い訳としてはサザエさんのカツオレベルですよ」

決定打となる一枚の登記済証

最後の切り札は、亡き父が生前に保管していた登記済証だった。 その中には、依頼人の息子名義への名義変更に必要な書類一式が含まれていた。 それが警察に提出され、事件は詐欺未遂として捜査が始まった。

サトウさんの推理と決断

矛盾に気づいた一言のミス

「『この土地を借りてた』って言ってましたけど、地代を払った記録は?」 サトウさんの質問に、不動産会社の担当者は言葉を詰まらせた。 その沈黙がすべてを物語っていた。

データの履歴が語る真実

法務局の電子申請システムには、過去の申請履歴が残っていた。 そこには一度却下された登記申請があり、その理由が「添付書類の偽造」だった。 やれやれ、、、結局、証拠は最初から転がっていたわけだ。

僕のうっかりと最後のひらめき

印鑑証明書の発行日が語るもの

最後のピースは、僕がうっかり見落としていた印鑑証明書の日付だった。 その日付が、依頼人の息子が行方不明だった時期と一致しない。 「やっぱりおかしい」と僕はつぶやき、もう一度書類をすべて確認した。

やれやれ事件はいつも足元から

それでも結局、証拠の大半は最初に渡された封筒の中に入っていた。 僕の注意力が足りなかっただけだ。 「やれやれ、、、こんなところに全部揃ってたとはな」

真犯人の動機と登記簿の落とし穴

背景にあった遺産分割のもつれ

事件の裏には、兄弟間の複雑な相続トラブルがあったことが判明した。 一部の親族が、息子の存在を故意に隠していた節があった。 それが原因で、遺産が勝手に処分されてしまったのだった。

家族の絆と過去への償い

依頼人は、涙ながらに息子へ手紙を書いた。 「ちゃんと向き合ってなかった」と語ったその表情は、どこか晴れやかでもあった。 それを見て、サトウさんは静かに立ち上がり、封筒を差し出した。

登記簿の修正と静かな結末

所有権の回復と示談成立

数週間後、登記簿は訂正され、正式に依頼人の息子の名義となった。 法人側とは示談が成立し、すべてが円満に収束した。 雨はやみ、事務所にも静けさが戻ってきた。

雨は止みまた日常が戻ってくる

「これでやっと一件落着ですね」と僕が言うと、サトウさんは無言でうなずいた。 時計の針は午後四時を指していた。 冷めたコーヒーを飲み干し、また次の依頼に向けて、僕は書類に目を通し始めた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓