仮登記簿に沈む真相

仮登記簿に沈む真相

朝の静けさに響いた電話

朝の9時、コーヒーを啜ろうとしたその瞬間、古びた黒電話がけたたましく鳴った。まだ受話器に手を伸ばす前から、面倒な空気が漂っていた。サトウさんが眉一つ動かさず「どうせまた相続放棄の相談ですよ」と呟く。

だが、今回の電話は少し違った。震える声の若い女性から、「亡くなった父の土地について、登記におかしな点があるんです」と告げられた瞬間、事務所の空気が一変した。俺の胃もたれは、コーヒーのせいだけじゃなかったらしい。

依頼主は亡くなったはずの男の娘だった

電話の主は、五年前に死亡したとされる男の娘だった。彼女によれば、最近になって、父名義の土地が「仮登記」のままになっていることに気づいたという。それも、死亡したはずの後に仮登記されていたというのだ。

俺は背筋がぞわりとした。仮登記が有効な理由があるとすれば、相当込み入った話のはずだ。しかも、故人の名義で。なにか、悪い予感がした。

サトウさんの冷静な第一声

サトウさんは黙って話を聞き終えると、パソコンを叩きながら「多分、誰かが仮登記を悪用してますね。いわゆる“時間差トリック”です」と呟いた。その口ぶりはまるで金田一少年だった。いや、もっと冷たいか。

「ええと……金田一って、そんな冷静だったっけ?」と俺が言うと、彼女はため息をついた。「それはサザエさんの波平並みの古さですね」と冷たい一言。やれやれ、、、朝からこの調子だ。

消えた父と残された土地

彼女の話では、父は生前、一度も土地の登記について語ったことがなかったという。だが、その土地は、父が若いころに買い取ったもので、山奥の原野のような場所らしい。

「登記簿謄本、取ってきますね」とサトウさんが言うや否や、俺は「俺が行くよ」と即答した。少しでも外に出たかった。いつもなら断固拒否するサトウさんも、今回はあっさり頷いた。

登記簿に残る不自然な仮登記

法務局で取得した謄本には、確かに「仮登記」が残っていた。しかも、登記の申請日は父の死亡後。これは明らかにおかしい。仮登記権利者の名前は「山田工務店」。聞いたこともない。

「こんな業者、地元じゃ聞かないですね」と受付の職員も言っていた。俺は心の中で「また厄介ごとか……」と呟いた。

証明書類の影に潜む違和感

添付された資料の写しには、被相続人の署名があった。だが、筆跡がどうにも妙だった。サトウさんがその場で一言、「これ、スキャンの改ざんですね。PDFの圧縮データが不自然です」と。

俺が「お前はデジタル探偵か」と言うと、「いえ、司法書士事務員です」とキレ味鋭い返し。俺は、またしても冷や汗をかいた。

不動産業者の奇妙な言い回し

俺は「山田工務店」と称する業者に電話をかけた。電話口の男は、どこか芝居がかった口調だった。「いやぁ、あの土地、昔からウチが管理してましてね」

話が妙に回りくどい。なんだか、ルパン三世の銭形警部のような口調だった。真実を話しているようで、核心は絶対に語らない。その言葉の中に、隠された何かがある気がした。

地元では有名な旧家の土地

調べを進めると、その土地はかつて「山本家」という旧家の持ち物だったことがわかった。だが、山本家が手放したのは昭和の終わり。その後、誰が持っていたかは不明。

記録の空白は、怪しさの証拠だ。俺はファイルを閉じ、ため息をついた。

昔話に隠されたもう一つの顔

町の古老に話を聞くと、あの土地では「何度も登記がもめた」という噂があったという。曰く、「死んだ人が登記したこともあった」と。

オカルトかと笑い飛ばそうとしたが、今の状況では笑えない。まるでゴルゴ13の世界だ。誰もが嘘をつき、真実は狙撃のように一点だけにある。

夜の法務局で見たもの

閉館間際の法務局、職員に頼み込んで古い登記簿を閲覧させてもらった。薄暗い部屋に差し込む光が、謄本の紙に影を落とす。

そこには、手書きの文字で「登記抹消未済」と記されていた。なぜ、抹消されずに残っていたのか――その理由が、全ての鍵を握っていた。

閲覧室で出会った男の正体

そこに現れたのは、昼間電話で話した「山田工務店」の男だった。俺が身構えると、彼は「先生もご熱心ですねぇ」と笑った。

笑い方が気に食わなかったが、その目は笑っていなかった。彼の目的は、あの土地の「過去」を消すことにあったのだ。

古い閉鎖登記簿の中の鍵

古い登記簿には、もう一つの名前があった。「山田孝一」。仮登記申請者と同姓同名の人物だが、年齢が合わない。息子か? あるいは……

これで繋がった。父が土地を購入した際に共同名義にしていたが、それを隠したかった誰かが、仮登記で上書きしようとしていたのだ。

サトウさんの推理と俺の役割

事務所に戻り、全ての資料を広げて整理した。サトウさんは「これ、最初から仕組まれてますね。遺言書を模した登記申請書、日付操作、偽装相続…」と呟く。

俺は頭が痛くなりそうだったが、ふと、仮登記の受付番号に見覚えがあることに気づいた。

登記申請書のミスを逆手に取る

その受付番号は、別件で使われた番号と重複していた。つまり、仮登記の申請は“別の登記”の写しから無断流用されたものだった。

「つまり、登記申請そのものが虚偽です」とサトウさんが結論づける。俺は、やっと一矢報いた気分だった。

元野球部の勘が当たるとき

「これ、野球で言えばスコアの書き間違いでアウトにしたようなもんだな」と俺が呟くと、サトウさんは無言で拍手した。褒めてんのか、それ。

ともかく、これで仮登記は無効とされる可能性が出てきた。法務局にも報告し、後の手続きは俺たちが全て対応することになった。

嘘と真実をつなぐ一通の手紙

その後、依頼人の女性から、父の遺品から出てきたという手紙が届いた。それには、こう記されていた。「この土地は、将来困っている人に使ってもらえればいい」。

父は生前から、土地に執着はなかったのだ。ただ、それを利用しようとした誰かが、虚偽の仮登記を試みたのだった。

封筒に残された印影

封筒には、朱肉のかすかな印影が残っていた。俺はルーペで確認し、「これ、公正証書遺言と一致する印鑑ですね」と告げた。

これで、父の意思が確かなものだと証明された。やれやれ、、、ようやく一つ片付いた。

筆跡が語る父の最後の意思

サトウさんは「やっぱり、お父様の意思は真摯でしたね」とぽつりと呟いた。普段の彼女からは想像もつかない優しい声だった。

俺はその言葉に、ほんの少しだけ、救われた気がした。

解かれる仮登記の意味

俺たちは申請を取り下げ、仮登記の抹消登記手続きを進めた。地元の法務局も協力的で、件の土地はようやくクリーンになった。

正義が勝った……というには、少しだけ苦味が残った。

遺言と登記の境界線

司法書士の仕事は、紙の上の仕事に見えて、実は人の想いと向き合う仕事だ。今回ほどそれを感じたことはなかった。

「紙一枚の中に、人生が詰まっていることもあるんですよ」とサトウさんは呟いた。

本当の所有者が誰だったのか

父が手放したくなかったのは土地ではなかった。おそらく、娘のために何かを残したかったのだ。それが「名義」ではなく「意思」であったことを、俺たちは証明できた。

仮登記を通して語られる家族の物語

事件が終わり、事務所に戻った俺は、窓の外を眺めた。秋の風が心地よかった。

サトウさんがふと笑って、「今回の事件、漫画にしたら売れますかね」と言った。

娘が知らなかった父の決断

依頼人の女性から届いた手紙には、父の優しさに対する感謝の言葉が綴られていた。「本当に、父らしい決断でした」と。

誰かのために動く、それが司法書士の仕事だと、改めて思った。

司法書士としてできること

法律の知識だけでは人は救えない。だが、ほんの少しの手助けで、その人の未来を変えることができる。俺たちの仕事は、そういう仕事だ。

事件の後日談と冷たいコーヒー

時計の針は午後三時を指していた。俺のコーヒーは冷めきっていたが、今日はそれも悪くない気がした。

サトウさんが俺の机に、熱い缶コーヒーをそっと置いた。「せめて温かいのを飲んでください」。塩対応にも、優しさはある。

サトウさんの一言が胸に刺さる

「先生、また誰かのために、面倒なこと引き受けますよね」。サトウさんのその一言に、俺は黙って頷いた。

たぶん、それが俺の役割なのだろう。

やれやれの一日がまた始まる

さて、次はどんな依頼が来るのか。俺の胃はすでに軽く痛んでいるが、まあいい。

やれやれ、、、司法書士に休みはない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓