謎の来訪者
代理人が恋を語るという奇妙な依頼
梅雨の晴れ間、事務所のドアがゆっくりと開いた。そこに立っていたのは、長い黒髪の女性と、スーツを着た男。 女が発した第一声は、「代理人を通じて、好きだと伝えてほしいんです」。 その言葉に、俺は一瞬、婚姻届の証人か何かと勘違いした。
恋愛相談かと思いきや
提出された封筒の違和感
ところが、女が差し出した封筒には、登記識別情報のコピーと不動産委任状が入っていた。 「好き」というのは、どうやら人ではなく“土地”への想いだったらしい。いや、そんなわけがない。 サトウさんが、すでに目を細めてその書類に見入っている。
サトウさんの冷静な分析
矛盾点はすでに明白
「この委任状、署名が二種類ありますね。しかも筆跡が全く違う」 俺の横で、彼女はさらりとそう言った。サザエさんでいえば、波平がカツオの答案を見つけたような声だった。 俺は内心、「やれやれ、、、また面倒なことに」と、いつものようにぼやいた。
元野球部の勘が冴える
どこかで見たパターン
何かに似ている。この感覚は以前どこかで——そうだ、あの贈与登記詐欺のときに似ている。 どうしても登記内容と恋愛の代理が結びつかない。 それでもこの違和感が、何かを示していることは間違いない。
委任状に書かれた真実
文字に隠された嘘
委任者欄の下、フルネームの「斎藤綾」の「綾」だけが異様に震えていた。 これを書いたのはおそらく、斎藤綾本人ではない。 代筆だ。しかも、本人の同意なしの。
恋の代理と不動産取引
二つの“代理”が交差する
代理人の男は一言も喋らず、ただ静かに頷くだけだった。 女が語る「好き」は、昔付き合っていた男性に贈与したいという意思表示だという。 だが、それが本心かどうかは別問題だ。
怪しい司法書士の存在
同業者の影
過去の登記簿を照会すると、斎藤綾名義の物件が2年前、別の司法書士経由で贈与登記されていた。 「またアイツか」とサトウさんが口にした名前に、俺も思わず苦い顔になる。 あの男、以前も高齢者の意思確認をすっ飛ばして問題になったはずだ。
サトウさん、決定打を見つける
紙の中にある証拠
「この登記識別情報、OCRで加工されてますね。フォントが微妙に違う」 彼女の指摘により、文書偽造が決定的になった。 これはただの恋愛代理人の話ではなく、れっきとした犯罪だ。
告白の裏にあるもの
嘘にまみれた恋文
調査の結果、女は元恋人ではなかった。彼女は斎藤綾の介護ヘルパーで、委任状を偽造し代理人と組んでいた。 彼らの目的は、所有不動産の売却と利益分配。 「代理の恋」は、そのまま“代理の犯罪”だった。
真の目的は代理失踪
被害者はどこへ
最も恐れていた通り、斎藤綾本人は「施設に入った」とされていたが、記録はなかった。 捜索依頼を出すと、近隣県で無断入所の通報があったと報告が。 「やっぱりな、、、」と、俺の背中に冷たい汗が走る。
元野球部の意地
あの紙飛行機が運命を変える
現地調査中、敷地の隅に落ちていた紙飛行機。 その裏に書かれた筆跡が、委任状と一致した。 「間違いない、これは本人のものだ」。俺は思わず拳を握った。
犯人の動機と裁き
愛か金か
女は「彼女のためだった」と言ったが、口座の入金履歴はその言葉を裏切っていた。 裁判所は有印私文書偽造および詐欺未遂での起訴を認めた。 恋に罪はない。だが、それを盾に嘘をつくのは許されない。
そして日常へ
いつもの事務所にて
事件が終わり、俺たちはいつもの事務所に戻った。 「代理の恋は、やっぱり難しいな」 「……いいから、さっさと登記の処理してください」