登記簿が語る最後の依頼

登記簿が語る最後の依頼

登記簿の中の違和感

梅雨が終わらぬまま夏が顔を出しはじめた午後、私は一冊の登記簿謄本を睨んでいた。 古びた土地の名義に、どこか不自然な気配を感じたからだ。所有者欄に記された名前は、確かに実在する人物だ。しかし、それが何か引っかかる。 「この名義、何か変だな…」私は独り言を呟いた。

古い土地の奇妙な所有権

問題の土地は、町外れの使われていない畑だった。ところが先月、その土地が突如売却されていた。 名義人は「山下達夫」。調べてみると、その人物は二年前に死亡していたことが判明した。 登記は今年の春。つまり、死人が名義変更したことになる。

二重に存在する相続人の名

さらに不可解なのは、相続人として登記されていた「山下俊一」が、別の登記にも同名で存在していたことだ。 年齢も住所も微妙に異なる。まるで、同じ名前を使った別人のように見えた。 「こりゃサザエさんに出てくる波平の双子みたいなもんか…いや、笑いごとじゃないな」

依頼人は名乗らない

事務所に最初の連絡が来たのは一週間前だった。 声だけの相談。依頼人は名前を名乗らず、非通知で電話をかけてきた。 「土地の名義変更、至急頼みたい」とだけ言い残し、切れてしまった。

署名のない委任状

数日後、郵送で届いた委任状には、筆跡の異なる署名が二つ重ねて書かれていた。 明らかに同一人物の手によるものではない。書式も古く、ひな形は平成初期のものだった。 私は即座に不信感を抱いた。「誰が、何の目的で…?」

電話だけで進む登記相談

その後も、依頼人は電話だけでやり取りを続けた。 私が質問しても、曖昧な答えしか返ってこない。メールを求めても拒否された。 「やれやれ、、、これじゃ探偵気取りの司法書士だな」と思いつつ、私は調査を始めることにした。

サトウさんの冷たい推理

隣で黙々と資料を読み込んでいたサトウさんが、ぽつりと口を開いた。 「それ、名義人と依頼人、同一人物じゃないですか?」 私は一瞬で背筋が凍った。まさか…。

わずかな言葉に潜む嘘

電話の中で依頼人は「母の土地を…」と言っていた。 しかし登記簿には、名義人は“叔父”と記されていた。関係性の矛盾に私は気づかなかった。 「ほんと抜けてますね、シンドウさん」とサトウさんの声は冷ややかだった。

他人名義を操る影の存在

調査の末、依頼人は過去に複数の土地で名義を動かしていたことが判明した。 すべて死亡者名義での相続を偽装し、第三者に売却していた。 その背後には、名義を操る“影”の存在があった。

地元の不動産屋の証言

町の古株の不動産屋に話を聞きに行った。 「その土地?二十年前から誰も手を出さなかったのに、急に買いたいって奴が出てきてな」 彼の証言は、名義の流れに一貫性がないことを裏付けた。

失踪した兄と残された土地

話を深く聞くと、かつてその土地に住んでいた兄弟の片方が、失踪していたという事実が浮かび上がった。 依頼人は、その失踪した兄を名乗って登記を進めていた可能性がある。 すべては土地の換金目的の詐欺だったのだ。

二十年前の契約書の不備

役所で掘り出した古い契約書には、名義変更の意志が書かれていたが、印鑑も署名もなかった。 つまり、その変更は無効だった。にもかかわらず、それを元に登記が進んでいたのだ。 サザエさんで言えば、カツオが親の印鑑を勝手に使ったようなものである。

偽装相続の真実

私は法務局に出向き、登記官と直接話をした。 登記の際、本人確認書類が旧姓であり、照合がずさんだったことも発覚。 「こういうの、まだあるんですよ」と登記官も苦い顔をした。

赤の他人が兄を名乗る理由

依頼人は他人の戸籍を使い、死亡した兄になりすましていた。 昔のご近所の証言で、それが赤の他人であることも明らかになった。 やれやれ、、、戸籍ってのは便利で怖いものだ。

銀行口座と印鑑の行方

最後の決め手は、旧名義人の通帳だった。 亡くなった兄の口座が生きており、先月まで引き出しが続いていた。 印鑑は、空き家の仏壇の引き出しから見つかった。

サトウさんの一喝

調査報告書をまとめていると、依頼人から再び電話が来た。 「もう終わったことですし、穏便に…」と言った瞬間、サトウさんが電話をひったくり、こう言った。 「詐欺は穏便に済みません。覚悟して待っててください」

犯人の言葉尻を捉える瞬間

その声の鋭さに、相手は完全に沈黙した。 録音はバッチリ。決定的な証拠となった。 私は黙ってコーヒーをすすりながら、ただ一言つぶやいた。「頼りになるなあ、ほんと」

真相は役所の書庫に

数日後、私は役所の保管庫にこもり、さらに証拠を集めた。 昭和の時代に一度無効となったはずの登記が、なぜか復活していたことがわかった。 これで、完全に事件の裏が取れた。

閉ざされた保管庫の鍵

「鍵を開けたら、真実も開く」。保管庫に入る前にサトウさんが言った言葉だ。 中にあった原本資料が、今回の事件の全体像を裏付ける最後のピースだった。 偽装、なりすまし、書類のねつ造。すべてがここにあった。

過去と向き合う依頼人

逮捕された依頼人は、供述でこう語った。 「金が欲しかった。でも、それだけじゃなかった。兄に憧れてた」 彼は、本当は兄の人生を生きたかっただけかもしれない。

兄弟の絆と断絶の理由

父の遺産を巡って、兄弟は二十年前に決裂していた。 しかし兄は死ぬ直前、手紙で弟への謝罪を書いていた。 それが届いていれば、この事件は起きなかったのかもしれない。

登記簿が語ったもの

最終的に土地は法定相続人へと正しく戻された。 私は法務局からの通知を読みながら、深く息をついた。 登記簿は、ただの記録ではない。時には人の人生を語る証言台になる。

正しい名義に戻る土地

数ヶ月後、その土地には新しい所有者の名が刻まれた。 それを見たとき、私は心の底からほっとした。 「これで、少しは報われたかな」と思った。

依頼人の涙と感謝

最後に、依頼人の母親が事務所に菓子折りを持って訪れた。 「息子のこと、本当にありがとうございました」 私はただ頭を下げるしかなかった。やれやれ、、、また少しだけ疲れが増えた気がした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓