偽りの名義人
梅雨が明けたばかりの月曜、エアコンの効きが悪い事務所に一通の封筒が届いた。表書きには達筆な文字で「至急相談」とだけ記されている。中を開けると、登記簿謄本のコピーと数枚の古びた資料が入っていた。
忙しない月曜の朝に届いた封筒
封筒を見た瞬間、サトウさんが眉をひそめた。「この字、昔ながらの謄写式っぽいですね。なんか嫌な予感します」
その予感は的中し、内容は「名義が勝手に変えられているかもしれない」という相談だった。相続登記に関するよくある話のようで、どこか違和感があった。
依頼人の動揺と沈黙
来所した依頼人は70代の女性で、口数は少ない。息子が最近亡くなり、彼名義だったはずの土地が、なぜか別人の名前に変わっていたという。戸籍を取り寄せても、その「名義人」に該当する人物は見当たらないという。
登記簿に記された違和感
確認した登記簿には、十数年前に一度名義が移転された記録が残っていた。原因は「売買」。だが、その売買に関する契約書は存在せず、依頼人も売買した覚えがない。これはただのミスでは済まされない。
相続では説明できない継承
不審な名義変更がなされていた年には、相続登記が他の案件でも急増していた時期だった。だが、それに便乗するかのようにまったく関係のない名義人に変更された理由は見つからなかった。まるで、誰かが「空き名義」を利用したかのようだった。
固定資産税通知書が語ること
依頼人が毎年納めていた固定資産税の通知書には、確かに息子の名が記されていた。「役所と登記はリンクしてないから」と言いながらも、ここまでズレるのは不自然だ。通知書はずっと息子宛、でも登記は別人のまま。何が起きていたのか。
名義変更の過去と封印された書類
押し入れから見つかった古い茶封筒。中には、手書きの委任状と破れかけた印鑑証明書のコピー。差出人名は「ヤマグチユウゾウ」。しかし、その名は登記簿に記された人物とは異なっていた。
法務局の備付書類に残された謎の記録
法務局で閲覧した申請書副本には、申請人名と受任者欄がどちらも同じ筆跡で書かれていた。しかも、その筆跡は依頼人が持ち込んだ資料と一致していなかった。誰かが偽って提出した形跡が濃厚だった。
名義人とされる人物の行方
調査を進めると、その「名義人」は架空の人物だった。存在しない住民票、存在しない納税記録。書類上の幽霊のような存在。かつてのサザエさんでいうなら「三河屋の登記簿版」だ。
消えた委任状と不自然な印鑑証明
印鑑証明書に記載されていた住所は、すでに更地になっていた。管轄の区役所職員によれば「十年以上前に取り壊されましたよ」とのこと。その人物が今も存在しているように見せかけた細工が、登記にはなされていた。
サトウさんの冷静な推理
「たぶんですが、土地を担保にして誰かが金を借りたんでしょうね。借り手の名前が使えなかったから、幽霊名義を用意した。よくある手口です」とサトウさん。彼女の分析は鋭く、もう探偵漫画のヒロインのようだった。
昔の住宅地図に映る真実
昭和末期の住宅地図を古書店で入手すると、そこに「ヤマグチユウゾウ」の名前があった。だが、そこには「妻子あり」と記載されており、依頼人の話と矛盾する。つまり、誰かがその名前を勝手に借用した可能性が高い。
もうひとつの登記済証
依頼人のタンスの奥からもう一つの登記済証が見つかった。そこには「所有権保存」の記載があり、初代名義は確かに息子のものであった。ところが、次ページの名義変更部分だけが抜け落ちていた。意図的に切り取られた形跡もある。
書類の筆跡が暴いた嘘
筆跡鑑定を依頼すると、登記に使われた委任状の筆跡と、依頼人の近隣で過去に詐欺未遂で捕まった男の筆跡が一致した。元司法書士事務所の補助者だった人物だった。やれやれ、、、そんなところにまで名前使われるなんて。
隠された遺言と本当の権利者
調査の結果、息子は生前に遺言を書いており、実際の相続人は疎遠だった妹だった。だが、妹は名義変更の相談をせずに放置していたため、名義は空白状態となり、そこに詐欺師が入り込んだのだった。
名義の影にいた者の動機
犯人の目的は、名義人を偽装して土地を転売することだった。市価より安く、急ぎ売り出されていた記録も見つかり、幸い契約直前で食い止めることができた。誰かが「誰のものでもない土地」を狙っていたのだ。
やれやれで締める解決と書類整理
すべてが終わり、依頼人に正しい名義が戻ったあと、サトウさんは「次は普通の抵当権設定登記でお願いします」とポツリ。ぼくは苦笑しながらも、山積みになった書類に目を落とした。「やれやれ、、、これじゃ今月も暇なしだな」