転送届の提出者
誰が何のために出したのか
転送届が提出されたのは一か月前。依頼人の三浦からの第一声は「自分宛の郵便がまったく届かない」というものだった。引っ越しもしていないし、家族が出したわけでもない。郵便局に確認すると、確かに転送届が出されていた。
依頼人の違和感
三浦は、自分が出していない届出がなされていることに強い疑念を抱いていた。「これ、なりすましじゃないですかね?」と声を潜めた瞬間、背筋がひやりとした。私はその瞬間、面倒な匂いを嗅ぎ取った。書類に潜む何かが動き出しているようだった。
見慣れた住所の違和感
一文字違いの罠
届出に書かれていた転送先住所は、依頼人の旧住所に極めて似ていた。しかし地番の末尾だけが「五」から「六」に変わっていた。目視では見逃しそうな微差だが、それがこの事件の仕掛けだった。私の脳内には、かの有名な怪盗キッドが描く精巧なトリックのような構図が広がった。
書類に潜む偽装
さらに調査すると、転送届の提出には印鑑と本人確認書類のコピーが添付されていた。そのコピーの運転免許証は、見事なまでに偽造されていた。カラーで印刷された写真、絶妙なフォント、まるで本物。まるで磯野家に届いた「波平宛の変な手紙」みたいなものだ。
元の住所に残された痕跡
鍵が合わないポスト
三浦と一緒に旧住所のマンションを訪れたが、すでに部屋には他人が住んでいた。管理人によれば「先月から別の男性が契約してる」とのこと。ポストを開けると、中には未開封の郵便物が雑多に詰め込まれていた。鍵は当然合わず、のぞき穴から覗いた景色は空虚そのものだった。
郵便受けに残る証拠
しかし、ポストの隅に引っかかっていた一枚の葉書。それは依頼人の名前と旧住所が書かれた「配達不能通知」だった。これが証拠になるかもしれない。小さな紙片ひとつで、事件が転がることがある。まるで紙風船のような真実が、ふわりと浮かび上がってきた。
サトウさんの冷静な推理
過去の事例と照合する
事務所に戻ると、サトウさんが黙って一枚の新聞記事を差し出した。「去年も似たような事件がありました。転送届を利用した詐欺です」彼女の目は氷のように冷たく、論理だけで構成された弁護士漫画のキャラクターのようだった。私は相づちを打ちながら、自分の影の薄さを痛感する。
転送のタイミングが示すもの
サトウさんは、転送届が提出された日と、所有権移転登記がなされた日を照合してみせた。すると、登記の直後に転送が始まっていた。「つまり、所有者が変わったことを第三者に気づかせないための偽装ですね」と彼女は淡々と言った。私は内心「やれやれ、、、」と呟いた。
転送先に現れた謎の人物
なりすましとその目的
転送先のアパートに足を運ぶと、応対に出たのは中年の男だった。名乗った名前は、登記上の新所有者と同じ。しかし身分証を見せてもらうと、写真と本人の顔がまったく違う。どう見ても無理のあるなりすまし。これは確実に仕組まれた犯行だと確信した。
不動産詐欺の可能性
調査を進めると、その人物は複数の物件で同様の手口を使っていた。転送届を出して正規の所有者の郵便を自分が受け取り、登記簿や重要書類の通知を全て掌握。その後、空き家に見せかけて勝手に契約を進めていた。手口は巧妙で、法律の隙間を突くように練られていた。
登記簿の情報が変わっていた
所有者の名義変更の謎
登記簿を確認すると、確かに名義は移っていた。しかし売買契約書の存在は確認できず、登記原因も「贈与」となっていた。依頼人は「そんな書類にサインした覚えはない」と断言する。これは明らかに第三者による不正登記だった。
司法書士が見抜く違法性
登記に使用された印鑑証明書と住民票は、いずれも転送先に送付された書類の写しが使われていた。つまり、転送届が偽装の起点となっていたのだ。私は愚痴をこぼしながらも、法務局に訂正登記の申請準備を進めた。泥臭いけれど、これが自分の仕事なのだ。
深夜の尾行調査
ポストに投函される不審な封筒
夜、私は再び転送先アパートに張り込んだ。すると、例の男がスーツ姿で現れ、誰かの名義で封筒を投函していた。中身は新たな登記申請書類だった。現行犯は無理でも、これで十分な証拠になる。
追跡の果てに見えた真実
男はその後、複数の住所を回っていた。尾行の末、私たちは別の被害者宅にも辿り着いた。この手口は連続的に使われていたのだ。警察と連携し、詐欺グループとして検挙される運びとなった。現実は漫画のようにはスマートにいかないが、最後には帳尻が合う。
証拠としての転送届
筆跡と印影の不一致
警察による鑑定で、転送届の筆跡が依頼人のものとは異なることが証明された。また、押印された印影も微妙に歪みがあり、偽造された可能性が高いとされた。この届出が全ての始まりであり、全ての終わりだった。
役所の窓口での盲点
郵便局では「本人確認書類」があれば転送届は出せる。しかし、それが偽造だった場合、見抜ける術はほぼない。制度の盲点とも言えるこの穴は、司法書士としても他人事ではない。書類ひとつが誰かの人生を大きく狂わせる。
サトウさんの一撃
決定的な一言で犯人を追い詰める
取り調べの場に同席したサトウさんは、犯人にこう言った。「あなたの知識、少し古いですね。不動産登記法は昨年改正されてますよ」その一言で犯人の顔が引きつった。彼女の冷静な追い込みに、思わず拍手したくなった。
司法書士の存在意義を問う
登記が終われば、司法書士の仕事は終わりと思われがちだ。しかし、その後の書類の行方、届出、住民票の異動などにも目を光らせねばならない。今回の件で改めて痛感した。「地味だけど、大事な仕事だな」とぼやいた私に、サトウさんは無言でお茶を淹れてくれた。
やれやれのその後
疲労困憊の報酬
事件が片付き、依頼人からは深々と頭を下げられた。「シンドウ先生じゃなかったら、泣き寝入りしてました」私は照れ笑いを浮かべたが、内心では膝がガクガクだった。やれやれ、、、また腰をやらかしそうだ。
依頼人の感謝と未来への一歩
三浦は「今後はこういう手口に引っかからないように気をつけます」と言って帰っていった。私は彼の背中を見送りながら、自分の背中の張りをさすった。また明日も事務所に事件が舞い込む気がしてならなかった。