朝の電話と仮登記
一枚の登記簿がもたらす違和感
朝一番にかかってきた電話は、妙に緊迫感のある女性の声だった。依頼内容は「仮登記について相談したい」というものだったが、話すたびに小さな沈黙が入る。私はその空白が気になって仕方なかった。
仮登記といえば、所有権の保全や順位の確保のためによく使われる。しかし、今回のケースはどこか引っかかる。なにより、登記簿謄本の写しを見た瞬間、ある“違和感”が胸に広がった。
やれやれ、、、また変な案件を引き受けてしまったのかもしれない。
依頼人の声が震えていた理由
依頼人の女性は高齢の母親の代わりに登記手続きを進めたいと言っていた。しかし、母親の署名が必要となる書類がすでに出来上がっており、しかも日付が少し未来になっていたのだ。
「あの、まだ母は署名していないのですが……」と言う彼女の声に、私はその場で資料を確認し直す。やっぱりどこかがおかしい。仮登記のはずが、仮ではない強い意志を感じた。
何かが裏で進行している、そんな気がしてならなかった。
法務局に残された異変
消えた登記識別情報
法務局で登記情報を確認すると、あるべき識別情報が欠けていた。過去に一度も所有権が完全移転されていない物件なのに、なぜか仮登記が繰り返されていたのだ。
「これは前の司法書士のミスですか?」と尋ねると、職員は首をかしげながら「いや、少し特殊な事情があったようで」と濁した。
“特殊な事情”という言葉ほど信用できないものはない。私の中で小さな警報が鳴り始めていた。
証明書の写しと奇妙なハンコ
サトウさんがコピーしてきた資料を机に並べて、じっと眺めていると、ある証明書の端にかすれた印影が残っていた。明らかに不自然な位置だ。
「これ、どう思います?」と尋ねると、サトウさんは無表情のまま「誰かが二度押ししましたね。素人の仕業です」と即答した。
その通り、印影は上下が微妙にずれていた。つまり、誰かが本人のふりをして押したか、あるいは偽造した可能性がある。
サトウさんの冷たい推理
机の引き出しにあった不自然なメモ
事務所に戻り、依頼人から預かった書類の束を整理していると、一枚だけ手書きのメモが混ざっていた。内容は「今度こそ名義は私のもの」とだけ。
「感情が先に出てますね」とサトウさんがぼそりと呟いた。彼女の観察力にはいつもながら舌を巻く。
やはり、仮登記はただの仮ではなく、何かを隠すための仮面のように思えてきた。
仮登記の前提を覆す事実
申請日と実際の署名日が一致しない
書類を精査していた私は、ふとしたことで二つの日付が一致していないことに気づいた。申請日と、契約書に記載された署名日が明らかに逆転していたのだ。
「これは時系列が合いません」と私が言うと、サトウさんが「よく見れば分かることですね。先に用意されたんでしょう」と鋭く指摘した。
これは偶然ではない。計画的な捏造がそこにあると見て間違いなかった。
固定資産評価証明書のずれ
さらに確認した固定資産評価証明書の年度が、実際の仮登記日と一致していなかった。まるで過去の資料を使いまわしたような痕跡があった。
「あえてこの証明書を使った理由がありますね」と私は呟いた。税額を偽って、何かをごまかそうとしたのだろうか。
小さな不一致が、やがて大きな不正へと繋がる。私の推理は確信へと変わっていった。
やれやれとつぶやいた午後
仮登記の本当の狙いは何か
「やれやれ、、、もう一度全部整理し直しか」とため息をつきながら、私は壁のホワイトボードに全情報を並べていった。
仮登記に隠された狙い。それは“名義の一時的な停止”によって、他の相続人から逃れるためだった。
つまり、仮登記が“盾”として使われていたのだ。堂々と正義を語りながら。
仮登記が導く家族の秘密
登記名義人の過去にある因縁
依頼人の家族関係を調べると、過去に相続トラブルがあったことが判明した。しかも、そのときも同じように仮登記が使われていたという。
「もしかして、あのときと同じ手口?」と私が言うと、サトウさんは無言で頷いた。
すべてが繋がった瞬間だった。これは偶然の重なりではなく、確信犯の仕業だ。
真実が沈む場所
仮登記の裏にあった贈与契約書
そして、鍵を握るのは未提出の贈与契約書だった。依頼人の母親はすでに数年前、土地を贈与する意思を示していたが、それが仮登記という形でしか残されていなかったのだ。
「つまり、本当の登記を避けたのは、他の相続人への配慮?」と私が問うと、依頼人は涙ぐみながら頷いた。
真実は、誰かの心の中で沈んでいたのだ。
真犯人の登場と結末
すべては意図された仮登記だった
全ての証拠を突きつけると、依頼人の兄が真犯人であることが明らかになった。彼は母親の認知症を理由に登記を進めず、仮登記で名義を確保しようとしていたのだった。
「そんなことして、家族が壊れるなんて思わなかった」と彼はうなだれた。
私は「やれやれ、、、司法書士の仕事ってのは、時に探偵みたいなもんだな」と、誰にともなく呟いた。