朝一番の電話
「もしもし、あの……仮登記の件で相談が……」
その声は、妙に落ち着きがなくて、まるで何かに怯えているようだった。
事務所の壁掛け時計が、まだ午前八時を指していた頃のことだった。
謎めいた相談者からの声
電話の主は中年の女性で、ある土地の仮登記が登記簿から忽然と消えたという。
「そんなことってあるんですか?」と、藁にもすがるような声で尋ねてきた。
記録が消える? それは、行政的には“ありえない”事態だ。
サトウさんの無表情なひと言
「消えるわけ、ないですね」
サトウさんはパソコンの画面から目も離さず、淡々と答えた。
まるでサザエさんのカツオがまたテストで赤点を取った時の、フネさんのような対応だった。
仮登記の罠
相談者が送ってきた資料を確認すると、確かに仮登記は存在した形跡がある。
だが現在の謄本にはその仮登記の記載が一切見当たらない。
「やれやれ、、、厄介な匂いがするな」俺はコーヒーを啜りながらつぶやいた。
不自然な登記申請の履歴
過去の申請履歴を洗い直すと、仮登記の登記原因証明情報が数週間前に削除されていた。
しかも、正規の申請手続きによる抹消ではない。
申請者の代理人名義が別人のもので、怪しいとしか言いようがない。
過去の謄本に浮かぶ矛盾
法務局で閲覧した旧謄本には、確かにその仮登記が記録されていた。
だが、次のページではその登記番号が飛ばされ、いかにも「なかったこと」にされていた。
これは怪盗キッドが宝石を盗んだあとに煙玉で消えるあの手口に似ている。
訪問調査開始
俺は現地に足を運んだ。山を背にした古びた一軒家。土地の所有者は不在だった。
ただ、近所の八百屋の親父が妙に口が軽く、「あの土地、買ったって話やけど、よー変わるんだわ」と言った。
このセリフに、俺の頭の中で赤信号が灯った。
地元の不動産業者の証言
「うちは関係ないですよ。ただ、前の所有者さん、なんか委任状を誰かに渡してましたよ」
不動産屋の若社長は、書類の写しを一部見せてくれた。そこに書かれていた名前に見覚えがあった。
それは数年前、強制執行の現場で一悶着あったあの行政書士だった。
元所有者の驚きの証言
「え? まだその土地は私名義のはずですけど?」
元所有者は、何も知らない様子で、逆にこちらが戸惑った。
手元の資料によると、既にその人の名義は消えていた。つまり——誰かが“勝手に”動かしたということだ。
公証役場での意外な情報
公証役場の記録に、その仮登記に関わる委任状の公証証書が残っていた。
だが、その日付が妙に古く、文言も曖昧だった。
「こんな書類で登記が動くとは思えませんね」と、公証人が眉をひそめた。
元恋人の名義と委任状
再度、資料を精査した結果、驚くべき事実が判明する。
登記に使用された委任状の住所と署名は、相談者の“元恋人”のものであり、本人の同意は得ていなかった。
つまり、勝手に名義を借用し、仮登記を操作していたということだ。
サトウさんの推理
「これ、訂正印の場所が変ですよ」
サトウさんは、委任状の原本とコピーを並べて指摘した。
修正されていたのは、実印欄のすぐ横。つまり、最も“改ざんが難しい”場所だった。
訂正印に隠された意味
実はその訂正印、元恋人のものではなかった。印影が微妙に歪んでいた。
つまり誰かが印鑑を“模して”押したか、印影そのものを切り貼りした可能性が高い。
「まるで紙の上で犯人が推理漫画ごっこしてるみたいだな……」俺は苦笑いした。
提出書類の日付の違和感
もう一つの違和感。それは書類の日付が全て“仮登記消失”の前日に集中していたことだ。
通常の手続きではあり得ない、過剰なスピード感。
これは、事前に“消失させる計画”があった証拠だ。
真犯人との対決
そして数日後、依頼者と元恋人、そして問題の行政書士を呼び出し、事務所で三者対面となった。
「仮登記の消失は偶然ではない。あなたが仕組んだ計画的な抹消です」
俺の言葉に、行政書士は沈黙し、サトウさんがコーヒーを一口すすった。
すべてが終わった午後
役所への報告も終わり、依頼者の顔にも少し安堵が浮かんでいた。
「シンドウ先生、ほんと助かりました」
俺は肩をすくめて、いつもの言葉を口にした。「やれやれ、、、また余計な仕事が増えたよ」