遺言の現場に呼ばれて
古びた家と謎の依頼人
地方の山あいにある古びた平屋。その玄関先で、俺はサトウさんと並んで立っていた。依頼人は亡くなった資産家の長男で、相続登記のため遺言書の検認を司法書士として依頼されたのだった。 けれどその遺言書には、何かひっかかる違和感があった。全体は公正証書遺言に見えるのに、証人欄に記載された名前がどうにも曖昧だったのだ。
証人欄に残された名前
遺言書に記載された証人は「カワモトマサキ」。しかし依頼人の家族にそんな名前の知人はいないという。 署名と印もある。だが、住所が書かれていない。公正証書遺言にしてはずさんな仕上がりだ。 俺はふと「怪盗キッドも変装でこんな署名くらいできるかもな」と思ってしまった。
サトウさんの冷たい視線
謄本より先に見るべきもの
事務所に戻る車の中、俺が「やれやれ、、、変な仕事を引き受けちまった」とため息をつくと、サトウさんが運転しながら言った。 「謄本なんて後回しでいいんですよ。先に押印証明の確認でしたね、普通は」 はいはい、また怒られた。だがその冷静さが羨ましい。
やれやれ、、、から始まる調査
調査は証人欄の「カワモトマサキ」から始めることになった。法務局で過去の登記簿謄本を調べても、そんな名前の人間はこの家に関与した記録がない。 「もしかして架空の人物では?」と疑うサトウさんに、俺は「お前、探偵漫画の読みすぎだよ」と苦笑した。 だが、それが当たっていた。
司法書士が聞いた三つの嘘
記憶が曖昧な管理人
古屋敷を管理していた老管理人の話では、数週間前、見慣れない男が「相続の手続き」と言って出入りしていたという。 「眼鏡かけた細身の男だったかな、なんか手に封筒を持ってた」 その人物が証人なのか。いや、何かが違う気がした。
二通目の遺言書
さらに驚くことに、長男の部屋からタイプ打ちされたもう一通の遺言書が出てきた。 こちらには別の証人名が記載されており、「遺言は撤回する」と明記されていた。 だがその日付は、最初の遺言より二日遅い。つまり、こちらが有効かもしれない。
消えたもう一人の証人
二通目に記載されていた証人の名前も、存在が確認できなかった。「アサノミホ」――まるで芸名のような字面だ。 「もしかして、サザエさんの登場人物に似た名前を選んだとか」 冗談交じりに言った俺の横で、サトウさんは無言でスマホをタップしていた。
書類に残された小さな違和感
印鑑の位置と筆跡の秘密
ふとしたことで、印鑑の押し方に注目した。 一通目の遺言書の印鑑は全て垂直で、力強く押されていた。だが証人欄の印鑑だけが明らかに傾いている。 これは……誰かが後から書き足した可能性がある。
日付に隠された意図
さらに調査を進めると、二通目の日付と一通目の提出日が一致しないことが判明した。 提出日よりも後の日付の文書が提出されていたのだ。 つまり一通目は、後から偽造された可能性が高い。
元野球部の感が冴えた日
遺言書の裏に書かれた謎の数字
サトウさんがふと裏面を照らすと、光に透かして数字が浮かび上がった。「6 4 3」とだけ。 俺は思わず口にした。「ゲッツーだな」 ダブルプレーの符号。元野球部として反応せずにはいられなかった。
それはスコアブックの符号だった
後日、被相続人の趣味が草野球で、スコアブックをつけていたことが判明した。 そしてこの「643」は、最初の遺言書がダブルプレー、つまり“打者アウト”を意味していたのだ。 遺言書自体が、暗号じみたメッセージだったとは。
真実の証人は誰だったのか
嘘をついたのは誰か
調査の末、長男が偽造に関与していたことが分かった。証人二人は彼の旧友で、報酬を条件に署名させていたが、日付や書式の整合性を取れずに破綻した。 「まるで怪盗キッドが遺言をすり替えたようだ」と、俺はつぶやいた。 サトウさんは小さく頷き、「ま、トリックにしては雑でしたね」と一言。
証人は生きていた
実際の証人は、亡き父の親友だった老人で、田舎でひっそり暮らしていた。 彼の証言によって、二通目の遺言が真実と認定された。 全ては、父の遺志をねじまげようとした息子の工作だったのだ。
サトウさんの塩対応と紅茶
今日もまた依頼は山積み
事件は解決したが、机の上には次の登記申請が積み上がっている。 「遺言書の偽造に比べればマシですね」と言いながら紅茶を入れるサトウさん。 その表情は少しだけ、やさしかった気がした。
やれやれ、、、俺は司法書士だ
結局、今日も定時では帰れない。だが、真実を明らかにできたことだけが救いだった。 やれやれ、、、俺は今日も司法書士として、誰かの人生の節目に関わってしまった。 さて、次はどんな面倒な依頼が来るのやら。