朝のコーヒーに紛れた依頼
朝の冷えたコーヒーをすすりながら、ぼんやりとメールチェックをしていると、分厚い封筒が机の上に置かれていた。差出人は不明だが、手書きの「至急確認願います」の文字が妙に整っている。こういうのは、だいたいロクなことがない。
封筒を開くと、登記簿のコピーと、たった一行だけのメモが入っていた。「この登記には嘘があります」。ふと背筋が冷たくなる。
塩対応のサトウさんの一言
「それ、また面倒ごとじゃないですか?」サトウさんが顔も上げずに言った。毎度のことながら彼女の直感は当たる。まるで名探偵の相棒だ。しかも今回は、ただの登記のミスではなさそうな気配が漂っている。
依頼人の名前も連絡先もない。だが、このコピーされた登記簿には、何か不自然な空気があった。
封筒に忍ばせられた登記簿のコピー
登記簿には、昨年末に所有権移転がなされていた。司法書士の名前は見慣れないものだったが、特に不審な点はない。しかし、添付の原因証明情報を見ているうちに、あることに気がつく。日付が一日ずれているのだ。
「そんなのよくあるじゃないですか」とサトウさんは言うが、この一日のズレが致命的な意味を持つ場合もある。やれやれ、、、また深掘りすることになりそうだ。
違和感のある所有権移転
被相続人が亡くなったのは昨年の12月25日。そして登記原因証明情報の日付は12月24日。つまり、相続が始まる前に移転登記が完了していたことになる。サンタクロースより早いプレゼントだ。
まさかとは思うが、登記が事実に先行していた? つまり、何かをごまかすための偽装か。
登記簿の「空白」の意味
登記簿には、旧所有者の抵当権設定の記載がない。抹消されたわけでもないのに、最初からなかったように記録されている。不自然だ。これは誰かが故意に「書かなかった」形跡とみるべきだろう。
登記の専門家ならではの「痕跡の消し方」。まるで怪盗キッドが現場に残さず消えるような手際の良さだ。
地元金融機関の謎の休眠担保
この物件には数年前、地元の信用金庫が抵当権を設定していたはずだ。なのに、今はその痕跡すらない。地元の支店長に電話をすると、妙に歯切れが悪い。「その話、今は控えさせていただけますか?」
これはただのミスではない。誰かが確実に情報を消している。
現地調査は長靴必須
現地は郊外の山沿いにある築50年の空き家。雨上がりでぬかるんだ地面に足を取られながら、長靴で裏庭に回ると、何かの作業跡があった。掘り返された形跡、埋め戻された土。
その場に落ちていたのは古い名刺。裏には「登記完了確認済」と書かれていた。
空き家の裏庭で見たもの
そこに立っていたのは、小柄な老人だった。「あんた、あの家のことを調べてるのか?」と唐突に話しかけてきた。まるで待っていたようだ。「あの登記、わしは見た。あれは嘘や」
話を聞くと、実際の引渡しは1月に行われ、12月中は誰も来ていなかったという。
ご近所の「見た」証言
近所の主婦も同じ証言をした。「クリスマスの頃は誰もいなかったわよ。電気も点いてなかったし」。これで登記原因の「日付」が虚偽である可能性が濃厚になった。
あとは、それを誰が仕組んだかだ。
サトウさんの強引なヒント
事務所に戻ると、サトウさんが無言で資料を突きつけた。「この司法書士、1月に登録抹消してます」。どうやらこの司法書士自身も何かから手を引いているようだ。
「詐欺の片棒を担いだことに気づいたんでしょうね」と淡々とサトウさん。怖い女だ。
たまたま落ちていたメモ用紙
メモの隅には、ある不動産会社の名前があった。調べると、登記申請人の代理人と同一人物。そして、同社の社長は過去に数件、登記トラブルを起こしていた。
ああ、これは確信犯だ。
ふと耳にした昔話が伏線に
「あの会社、昔から怪しかったんですよ」と語るのは、地元のベテラン宅建業者。過去に一度、不正登記で指導を受けたことがあるという。「でもうまく逃げるんですよ、あいつは」
まるでアニメのキャラみたいに毎回逃げる犯人。今回はそうはいかない。
昔の所有者を探して
旧所有者の家族を探すと、東京の病院に入院中だった。電話をかけると、「え? 私が売ったことになってるんですか?」と絶句した声。
完全に本人の意思によらない売買だ。
消えた登記簿の名義人
つまり、勝手に契約書が作られ、登記が通されていたことになる。そして、それを通した司法書士は、事実に気づいた後で登録を抹消。これは小細工じゃない、大がかりな不正だ。
さすがに胸がざわつく。
同姓同名の落とし穴
登記申請書には本人確認書類が添付されていたが、それも別人のものだった。まさに同姓同名トリック。古典的だが、実際の現場で使われると恐ろしい。
このあたり、金田一少年の事件簿にでも出てきそうな手口だ。
真夜中の電話と鳴り響くチャイム
その晩、突然電話が鳴った。非通知。出ると低い男の声が言った。「調べるのはやめておけ」。そして切れる音。
数分後、玄関のチャイムが鳴る。出ると、誰もいなかった。薄気味悪さが胸に残る。
匿名の声が告げた真相
翌日、匿名の郵送物が届いた。中には録音データと登記申請書の下書きコピー。そこには、今回の件の中心人物の名前が記されていた。不動産会社の社長、そして共謀した元司法書士の署名。
決定的な証拠だ。
シンドウ、走る
これを持って、すぐに法務局と警察へ駆け込んだ。事件は民事では収まらず、明確な刑事案件として動き始めた。やれやれ、、、本業じゃないのに、なんで毎回こうなるのか。
でも、悪事は見逃せない。
登録免許税の陰に隠れた秘密
最後のピースは、登録免許税の額だった。売買代金の割に税額が妙に少ない。これは契約書上の金額を偽装していた証拠。つまり、脱税の意図もあった。
登記とは紙一枚。でもその背後には、人間の欲がうごめいている。
額面以上の意味を持つ数字
数字は嘘をつかない。でも、人間はつく。登記情報の端に書かれた「500万円」という数字。その裏に隠された、数千万円の闇。今回の事件の動機は、結局そこにあった。
簡単な金の流れではない。これは周到に練られた罠だ。
改ざんされた登記原因証明情報
添付書類を調査していた法務局からも連絡が入った。「原因証明情報の改ざんが確認されました」。これで完全にアウトだ。登記官もさすがに動かざるを得ない。
不動産会社社長は、その日のうちに事情聴取を受けることになった。
不動産会社社長の告白
「ちょっとした抜け道だったんですよ」。社長はそう語った。「どうせ気づかれないと思ってました」。確かに、普通の司法書士なら、見逃していただろう。
でも、今回は僕が担当だったのが運の尽きだった。
サザエさんに例えると…
「つまりあなた、波平さんの名義を勝手に使って、家を売っちゃったってことですね」
調書にそう書きたい気分だった。まるでカツオがやらかすような無茶なことを、いい大人が本気でやってる。
やれやれ、、、聞き出すのは一苦労だ
サトウさんは、調書をまとめていた警察官にコーヒーを差し入れながら呟いた。「ほんと、こんなのに巻き込まれるこっちの身にもなってほしいですね」
まったくだ。
事件は片付き、朝が来る
事件の後、事務所に戻ると、ようやく落ち着いた空気が流れていた。サトウさんはパソコンに向かって黙々と作業をしている。ふと見れば、机の上には新しい封筒。
また何かの始まりかもしれない。
サトウさんのつれない一言
「また厄介事っぽいですね。私、今日は定時で帰りますんで」
無表情でそう言って書類の山にペンを走らせる彼女。いつもの塩対応が、少しだけありがたかった。
コーヒーは相変わらず苦かった
マグカップの中身は、事件前と変わらず冷え切っていた。だが、どこか少し甘く感じる気がした。事件は解決した。そして僕はまた、次の依頼を迎える。
司法書士とは、地味で、そしてときどき劇的な仕事だ。