朝の訪問者と不機嫌なサトウさん
事務所のドアが開く音とともに
朝9時ちょうど、うだるような暑さの中、扇風機しかない事務所に男が現れた。
サトウさんは椅子の背もたれにもたれたまま、「予約、入ってませんけど」と塩のように冷たい声を投げる。
男は慌てた様子で書類の束を差し出し、「大変なんです、委任状が…」と息を切らせて言った。
委任状が消えたという相談
書いたはずの紙がない
男の話によれば、一昨日、親族からの依頼で自宅で委任状を作成し、司法書士に渡す準備をしていたという。
しかし朝起きると、封筒ごと書類が消えていた。家族は誰も触っていないと口を揃える。
「盗まれたんでしょうか」と男が震える声で言うと、サトウさんはチラとこちらを見た。
依頼人の奇妙な挙動
落ち着きのなさと矛盾
俺が事情を尋ねると、男は目を泳がせながら何度も同じ話を繰り返した。
「書いたはず」「置いたはず」「誰もいじっていない」…その“はず”のオンパレードに、俺は違和感を覚える。
落ち着きのない様子は、何かを隠しているようにも見えた。
うっかりとされるには不自然な手続き
日付と印鑑が整いすぎている
不思議だったのは、男が「紛失した」と言っている委任状の写しが、なぜか手元にあったことだった。
しかもそこには、日付、氏名、印鑑まで完璧に整っている。
「写しだけ残るって、サザエさんのタマがメインキャラになるくらい変ですよ」とサトウさんがつぶやいた。
過去に似たような事件
過去帳に残る依頼
事務所の古いファイルをめくっていくと、4年前に似たような相談があったことに気づく。
そのときも、「書いたはずの委任状が消えた」と言って登記が遅れた案件だった。
そこにも同じ苗字、同じ地番、そして—同じ印影。
書類棚の中の空白
一枚だけ足りない
事務所の控えを整理していると、関連する資料が入った封筒の中から、白紙の用紙が一枚出てきた。
「白紙で委任されても困りますよね」と冗談を言いつつ、俺はあることに気づいた。
この白紙、透かしてみると、インクの跡のようなものがうっすら見える。
サザエさん方式で進む調査
日常の中の違和感
事件を解く鍵は、意外と日常の中にある。そう、サザエさんの家に誰が何曜日に何をするか、あれを覚えていれば話は早い。
俺は男の言っていた「誰もいじっていない」という言葉を再度検証することにした。
そこで出てきたのは、男の妻が「掃除機かけただけ」と言っていた時間帯だった。
サトウさんの冷静な仮説
嘘を見抜く力
サトウさんはパソコンを打ちながら言った。「奥さんが“掃除機をかけただけ”というなら、ゴミ袋を確認すれば?」
その発想に俺はハッとした。家族は無関係と信じ込んでいたが、紙一枚、吸い込まれるには十分だ。
そして案の定、紙パックの中から、シュレッダーで細かくされた委任状の断片が見つかった。
司法書士のシンドウ登場
うっかりが活きる時
ここで俺の出番だ。
昔の癖でつい紙を重ねるクセがある俺は、白紙と写しを透かして重ねてみた。
すると、押印の位置と筆跡がまったく一致した。つまり、「白紙の委任状にあとから書き足された」ということだ。
やれやれ、、、またかと思った午前11時
トリックの正体
男は一度委任状を提出したが、登記手続きの問題を避けるために、あとから内容を変えたかった。
だから「紛失した」と偽り、再度提出しようとしたのだ。
やれやれ、、、こんなことに時間を割くなんて、俺もまだまだだな。
封筒の中に隠されたヒント
押印の位置が示すもの
封筒の裏側には、うっすらと印鑑の赤い跡が残っていた。
おそらく白紙の上に重ねて押したせいで、封筒にまで色が写ったのだろう。
これが決定的証拠になり、男は観念して全てを話した。
二通目の委任状と筆跡の罠
同じ筆跡の違和感
さらに提出されかけた“新しい”委任状は、専門家が見れば明らかに同じ筆跡だった。
しかも、それは依頼人の妻の筆跡と一致する。つまり偽造。
この一件、ただのうっかりではなかった。
終わらない事務所の日常と一件落着
次から次へと舞い込むトラブル
「次の予約、30分後に来ますよ」とサトウさん。
俺は残ったお茶を一口飲み干して、うなだれる。
「やれやれ、、、昼飯はいつ食えるんだろうな」