登記簿が告げる孤独な真実

登記簿が告げる孤独な真実

朝の電話と不穏な依頼

書類の山と一本の電話

朝から机の上に積まれた相続関係説明図のコピーをにらみながら、僕はコーヒーをすすっていた。 その時、受話器がけたたましく鳴った。事務所の空気が一瞬止まるような、妙な緊張感を伴っていた。 「もしもし、あの、相続のことで…ちょっと変なことがありまして…」声は中年の女性で、明らかに怯えた響きがあった。

サトウさんの違和感ある反応

電話を切ったあと、僕はすぐに隣にいるサトウさんに状況を説明した。 「なんだか、登記された名義人が数年前に亡くなってるはずなのに、その後に登記がされてるって言うんだよ」 するとサトウさんは無言で立ち上がり、戸棚から登記簿謄本の束を引っ張り出した。彼女の動きには、いつものように迷いがなかった。

空き家の名義に潜む謎

登記簿に残された一つの矛盾

確かに名義は「山口健一」と記されていた。 問題はその登記日が彼の死亡届より後だったことだった。そんなはずはない。 「書類の取り違えか?」と思いきや、印鑑証明も新しかった。つまり、誰かが“山口健一”を演じた可能性がある。

所有者の足取りと失われた戸籍

市役所で戸籍をたどると、山口氏の本籍は震災で失われた地域にあり、一部の原本が散逸していた。 それが、悪意ある誰かにとって都合のいい“空白”になっていた可能性がある。 「戸籍の盲点を突くとは、まるで怪盗キッドのようだな…」と心の中でつぶやいた。

現地調査と近隣住民の証言

寂れた家と庭の不自然な整理

現地に足を運ぶと、明らかに空き家なのに庭だけが妙に整っていた。 「誰かが定期的に手入れしてる形跡がありますね」とサトウさんが言う。 だが、郵便受けには投函物が山積みだった。そこには不在と管理の矛盾が漂っていた。

昔話を語る老婦人のひと言

隣家の老婦人が言うには、「山口さんは10年前に倒れてねえ…」と。 だが、その数年後に姿を見たという別の証言もあった。 「もしかして…双子だったとか?」冗談めかして言うと、サトウさんは冷ややかに僕を見た。

相続人探しと過去の記録

兄弟姉妹の行方不明記録

住民票をたどると、健一には兄がいたが、20年前に失踪届が出されていた。 名前も似ており、外見も瓜二つだったという。 「これは…偽装じゃなくて、入れ替わりだな」僕の推理にサトウさんの目が鋭く光った。

震災後に消えた住民票の謎

震災直後、手続きの混乱で住民票の再登録が必要となった際に、誰かが兄になりすましたのだろう。 そして、そのまま相続登記までやってのけた。 「ここまで堂々とやられると、逆に清々しいですね」と、サトウさんが皮肉を言った。

サトウさんの鋭い推理

机の上のメモから見える関係性

「健一」という名前で届いた役所からの郵便物が、なぜか兄のアパートに届いていた。 つまり、誰かが兄を“演じる”ことで、実際に相続人になりすましたことになる。 「これは筆跡鑑定が要るな」と僕がつぶやくと、サトウさんはすでに依頼先を調べていた。

司法書士の勘違いと再確認

「健一が死んでいた」ことばかりに囚われ、僕は兄の存在を見落としていた。 サトウさんはその可能性に最初から気づいていたらしい。 「だからあの時、違和感って言ってたのか…やれやれ、、、」僕は頭をかいた。

遺言と偽造された筆跡

開示請求で出てきたもう一通

調査の結果、数年前に提出された遺言が偽造であると判明。 印鑑の押し方も不自然で、明らかに誰かが急ごしらえした形跡があった。 それが兄による偽造と確定した瞬間、依頼人は顔を青ざめさせた。

鑑定結果と意外な差出人

驚くべきことに、遺言は兄の筆跡ではなかった。 実際に筆跡をたどった先には、依頼人の義理の娘がいた。 つまり、兄にすら罪を着せようとした“さらに上の黒幕”が存在していたのだ。

サザエさん的すれ違いの真相

手違いから生まれた勘違い劇

なんと、義理の娘は偽造に関与していなかった。 彼女の名前を使って勝手に書類を作ったのは、元交際相手だったという。 「まるでカツオが花沢さんの名前を勝手に借りて騒ぎになった回みたいですね」と僕が言うと、サトウさんは鼻で笑った。

真実を知る者の沈黙の理由

元交際相手は借金まみれで、義理の娘を巻き込んで逃げるつもりだった。 だが、途中で罪悪感からか全てを告白したのだという。 「悪党にも良心ってあるんですね」と僕はつぶやいた。

登記申請と小さな救済

名義変更と涙ぐむ依頼人

名義は正式に相続人に戻された。 依頼人は感謝の言葉を口にしながら、ぽろぽろと涙をこぼしていた。 「やっとこれで父の家を守れます」と、微笑んだその顔が印象的だった。

紛争を避けた和解の選択

義理の娘とは和解が成立し、告訴は見送られた。 司法書士としても、この結末は正解だったと感じた。 「正義ってのは、時に譲る勇気も含まれるんだな…」と独りごちた。

ひとり帰る事務所の夜

サトウさんの無言の優しさ

遅くまで残っていたサトウさんが、そっと温かいお茶を置いて帰っていった。 それを見て、僕はふと笑ってしまった。彼女なりの“労い”なのだろう。 「やっぱり、あの子がいてくれて助かるよな…」

やれやれという独り言

電気を消し、事務所の鍵を閉める。 一人きりの帰り道、月がやけにまぶしかった。 「やれやれ、、、また明日も山のような相続案件か」と、僕は小さくつぶやいた。

書類と記憶に残る事件

登記簿の向こうにある人間模様

登記簿は無機質な紙の束だが、そこには確かに人間のドラマが詰まっている。 誰かの欲望、誰かの良心、そして誰かの後悔が行間に滲んでいる。 「だからこそ、司法書士ってのはやめられないんだよな」と僕は思った。

司法書士という仕事の重み

法律と手続きだけじゃない、人の人生に関わるこの仕事。 時に探偵のように、時にカウンセラーのように。 それでも今日も僕は、書類とペンを手に向き合っている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓