朝の電話と訪問者
朝の事務所に鳴り響いた電話は、妙に緊張した声だった。「祖父の土地の件でご相談があるのですが」と、少し震えた女性の声。
電話の主は数日後、古びた地図と、祖父が住んでいたという古家の写真を持って訪れた。
「この土地、本当に祖父のものだったのでしょうか」と問われ、思わず頭を掻いた。
奇妙な依頼と古い家の謎
その土地は市街地から外れた丘の上、地図で見る限りは確かに一筆の宅地。
だが、謄本を見ると名義は十年前に別の人物に移っていた。しかもその人物の記録が突然消えている。
まるで某探偵漫画で「実は生きていた」なんて展開を見ているようだった。
サトウさんの違和感
「この謄本、日付が微妙にズレてます」
サトウさんが眉をひそめながら言った。彼女の目は本当に鋭い。
「登記日と取引日は一致しているようで、細かく見ると変なんですよ」
見せられたコピーの端には、薄く書かれた訂正印があった。
現地調査と一枚の図面
丘の上にあるという古家を訪れると、そこはまるで時が止まったような風景だった。
家は崩れかけていたが、裏手には井戸が残り、雨戸の内側に図面のような紙が挟まれていた。
「また怪盗キッドが使いそうな仕掛けだな」と冗談を言いながら、埃を払った。
登記簿と現況の不一致
図面に描かれていた敷地の範囲は、登記簿の記録と大きく異なっていた。
実際の土地は登記上の2倍以上の広さがあり、その半分は登記されていない状態だった。
「これは……誰かが隠した可能性がありますね」とサトウさんがつぶやいた。
残されたメモと空き家の謎
家の中に残されたメモには、古い筆跡で「約束は守った」と書かれていた。
まるで遺言のような文章と共に、封筒が一通、タンスの奥から見つかった。
中には昭和時代の登記申請書の控えが入っていた。
近隣住民の証言
「あの家は、ずっと誰も住んでなかったよ。最後に見たのは二十年前かなあ」
近所の年配の方が言うには、祖父が亡くなったあと、誰も管理していなかったらしい。
しかし、その土地の一部が売却されている記録が登記には残っていた。
かつての所有者の足跡を追う
登記名義人となっていた人物は、すでに故人だった。しかもその死後、登記の変更がなされていた。
「本人死亡後に所有権移転?どう考えても変ですね」
戸籍と登記の時系列に、明らかな矛盾があった。
名前が消された理由
法務局で調べていくうちに、ある訂正記録が出てきた。
もともとは依頼人の祖父の名義だったが、数年後に第三者へと変更された後、さらに別の名義へと移っていた。
だが、最初の移転登記の原因がどの書類にも記載されていなかった。
相続放棄か名義変更か
祖父の死亡に伴い、相続人たちは土地の存在すら知らず、放棄と同じ状態になっていた可能性があった。
しかしその後、どこかのタイミングで勝手に名義が移っている。
サトウさんが静かに言った。「たぶん、内部の人間が関わってますね」
昔の登記と今の現実
紙ベースの時代には、本人確認や意思確認が甘かった。
「これ、登記官が気づかないレベルでやられたのかもしれません」
不動産が静かに、しかし確実に乗っ取られていた。
真実にたどり着く糸口
残された資料の中から、ひとつだけ違和感のある公正証書が見つかった。
その日付と住所が、実際のものと微妙にズレている。
「わざと間違えてるんです。バレない程度に」と、サトウさんの口調が厳しくなった。
サトウさんの推理と冷静な指摘
「これ、司法書士じゃないと気づかない構造ですね。普通は見落とします」
サトウさんの指摘で、不正に関与していた業者の名前が浮かび上がる。
記録の端に、その人物の印鑑が薄く残っていたのだ。
古い謄本に残された一文
「所有権移転登記は、委任状による」
わずかこの一文が、真実と嘘を分ける鍵となった。
偽造された委任状によって、土地は静かに奪われていた。
シンドウのうっかりと閃き
コピーをめくっている途中、うっかりコーヒーをこぼしてしまった。
だが、その染みが透けたことで、裏写りした訂正印が見えた。
「やれやれ、、、まさかミスが突破口になるとはな」
そうつぶやきながら、立ち上がった。
浮かび上がる隠された動機
名義人の背後には、小さな不動産会社の影があった。
地価が高騰する前に、無登記部分を狙った取引があったようだ。
「悪い人間ってのは、手間を惜しまないもんだ」と苦笑した。
相続争いの影
実は依頼人の叔父が、祖父の死後、密かにこの土地の処分を試みていた。
兄弟間での確執、そして表に出せない事情が交錯していた。
「血ってのは、時にややこしいんですよ」と自嘲気味に言った。
忘れられた約束と嘘
封筒に残されたメモには、「この土地は孫に譲ると約束した」とあった。
祖父の意思は文書にすらなっていなかったが、確かに存在したのだ。
それを知っていながら、誰かが無視した。
遺産と人間関係の複雑さ
法だけでは割り切れないものがある。
それが登記に現れたとき、司法書士の出番なのだ。
「手続き以上のものが見えてしまうのが、司法書士の宿命ですよ」
結末と依頼人の選択
依頼人は、争うことを選ばなかった。
「祖父が遺してくれた気持ちだけで、十分です」と微笑んだ。
その姿に、少し救われたような気がした。
登記変更の本当の理由
悪意のある名義変更は、正式な申立により是正された。
数年越しの不正は、ようやく白日のもとにさらされた。
「でも、もっと早く気づいてればな」と悔しさが残る。
家族を守るための沈黙
祖父はおそらく、家族が争わぬよう何も言わずに逝ったのだろう。
その沈黙が、余計に事態をややこしくしていた。
善意と無関心は、紙一重なのだと痛感した。
司法書士としての静かな仕事
派手さはない。ヒーローでもない。
でも、こういう仕事こそ、自分の存在理由だと思えた。
サザエさんの裏で流れる「次回予告」みたいに、静かに幕が閉じた。
サトウさんの一言とシンドウの溜息
「シンドウさん、ちゃんと書類チェックしてくださいね」
「はいはい、、、って、それオレのせいか?」
やれやれ、、、今日もまた、口では勝てなかった。