事務所経営は甘くなかった俺が夢見た独立の行方

事務所経営は甘くなかった俺が夢見た独立の行方

独立した日を思い出してみる

あの日の空はやけに青くて、これから自分の手で道を切り開いていくんだって、無駄にテンションが上がっていた。司法書士の資格を取って、いよいよ独立。事務所の表札を自分で打ちつけたあの瞬間、ちょっとだけ目頭が熱くなった。だけど今振り返ると、あの高揚感はまるで夏の甲子園初戦突破の喜びみたいなもんで、現実はその先に待っていた。

開業届を出したときの高揚感

市役所に開業届を出しに行ったとき、「これで俺も一国一城の主か」と思った。机と椅子と最低限の文房具、それにパソコン一台。それだけでなんとなく“開業感”が出ていたから怖い。元野球部だったこともあり、開業初日には意味もなくユニフォームのようにシャツをピシッと着こみ、朝礼のようなものを一人でやったのを覚えている。でも、当然ながらお客は来ない。電話も鳴らない。むしろ沈黙が耳を打ってくる。

親にも言えなかった不安

実家の母から「最近どう?忙しい?」と聞かれても、「まあまあかな」なんて濁して答えていた。実際にはまったく依頼も来ず、暇すぎて近くの道の駅に散歩に出かけてたくらいなのに。司法書士の資格があれば何とかなる、という根拠のない自信が音を立てて崩れていった。「やっぱりどこかに雇われた方がよかったかな…」そんな考えが、独立1ヶ月目にしてすでに脳裏をよぎっていた。

元野球部のノリじゃやっていけないと気づくまで

正直、体育会系の「気合と根性で何とかなる」精神で開業してしまった。けど、仕事は“来ないものは来ない”。ネットもチラシもポスティングも、全部やった。でも、効果は微妙。野球なら打てないボールでも振り続ければ当たることもあったけど、商売はそうはいかない。球場と違って、誰も応援してくれないし、三振しても誰も慰めてくれない。とにかく、孤独だった。

事務所経営の現実に打ちのめされる

開業したはいいが、経営は別問題だということを嫌というほど思い知らされた。自分でやってるつもりでも、やれてなかった。経理も営業も接客もすべて自分。それが“自由”だと思ってたけど、実際は“地獄”だった。何もかもが思うように進まなくて、いつの間にか笑わなくなってた。

一人で回すには限界がある

一人で何でもやるのがカッコいいと思っていた。でも、業務量は日を追うごとに増えていき、電話を取っている間に他の連絡を取り逃し、書類を作ってる間にお客の返信を忘れ、気づけば「あれ、何やってたんだっけ?」と自分自身が迷子になる日々。忙しいというより、ただ無秩序だった。野球部で言えば、全員が外野を守っていて誰もピッチャーがいないみたいな状態。

事務員を雇ったことで見えた別の苦労

さすがに限界を感じて、意を決して事務員さんを雇った。優秀で真面目な人で、事務作業もきちんとしてくれる。でも、指示を出すって想像以上に難しい。どこまで言えばいいか、どう伝えればいいか、手探り状態。俺は教えるのが苦手だったらしい。しかも、ちょっとしたミスに過敏になってしまう自分も嫌だった。管理職って、こんなに疲れるんだなって実感した。

結局「人」に一番悩まされる

業務よりも、人との距離感がいちばん疲れる。事務員さんとの関係も、近すぎず遠すぎずを保つのが難しい。何より、自分自身が「良い上司」でいたいという妙なプレッシャーを感じてしまって、気を遣いすぎてどっと疲れる。お客さんとの距離も然り。信頼されるのは嬉しいけど、無理難題を突きつけられることもある。結局、仕事のストレスって“人”が運んでくるんだなと、改めて思う。

地方でやるという選択の重み

都会と違って競争相手は少ないかもしれない。けど、その分需要も少ないし、口コミも広がりづらい。地元のつながりがある人が強く、外から来た人間には壁がある。田舎で開業するって、静かなようで実はすごく“動かない”土地で戦ってるようなもんだ。

人脈の差が明暗を分ける

大学時代の同期で、都内で開業したやつがいる。SNSで華々しい投稿を見るたびに、なんだかモヤモヤする。俺が一件仕事を取るのに四苦八苦してる間に、向こうは紹介や企業案件でバンバン回してる。結局、人脈なんだよなって痛感する。でもそれは、自分がこれまで築いてこなかった結果でもある。今さら羨んでも仕方ないけど、正直、ちょっと悔しい。

ネット広告も効かない地域性

SEOだ、リスティングだ、と一応ネット広告も試してみた。でも、反応は薄い。そもそもこの地域では、ネットで司法書士を探す文化がまだ根づいていない。折込チラシの方がまだ効果があったりする。でも印刷代もバカにならないし、配ったところで電話が鳴るかどうかは運次第。まるで釣れない池でルアーを投げ続けてるような虚無感が、胃にくる。

稼げない月に心が折れかけた

売上が振るわない月が続くと、本当にメンタルにくる。生活費は固定、でも売上は変動。つまり、赤字は積み重なる。そんなとき、自分が“経営者”だという言葉がひどく重くのしかかる。

支出だけが積み上がる恐怖

家賃、光熱費、給料、社会保険料……固定費だけでも毎月かなりの額になる。なのに、売上がゼロの日もある。通帳残高がどんどん減っていくのを見るたび、胃がキリキリする。「俺、何のために頑張ってるんだっけ?」って自問するけど、答えは出ない。気づけば、コンビニのレジ前で“ちょっと高いお菓子”を買うことすら躊躇するようになっていた。

貯金が減るたびに自信も削れる

「なんとかなる」と思っていた。でも“なんともならない”現実がそこにある。貯金が目減りしていくスピードは、自分の自信を削る速度とほぼ比例する。人に相談したいけど、同業の知り合いも少なくて、結局モヤモヤを誰にも吐き出せない。事務所の中に響くのは、自分のタイピング音とエアコンの風の音だけ。

それでも続けている理由

やめようと思ったことは一度や二度じゃない。でも、それでも続けているのは、きっと自分の中に「この仕事が好きだ」という想いがまだあるからだ。どんなに苦しくても、逃げずにやってきた日々が、少しずつ自分を形づくっているのを感じる。

誰かの人生に関われるという重み

不動産の登記や相続の手続き、依頼者の人生の転機に関わることも多い。「先生がいてくれて助かりました」そう言われる瞬間がある。それは、自分の存在が誰かの役に立っていると感じられる希少な瞬間だ。売上にはならなくても、気持ちとしては報われる。そういう瞬間を、忘れないようにしたい。

ありがとうと言われる瞬間に救われる

この仕事は「ありがとう」を集める仕事だと思う。どんなに段取りが大変でも、最後に「本当に助かりました」と言ってもらえると、それまでの苦労が少しだけ軽くなる。数字じゃ測れないけど、心にはちゃんと残る。やっぱりこの仕事、嫌いじゃない。

自分が自分でいられる場所を守りたい

事務所という場所は、自分にとっての“居場所”でもある。誰に遠慮することもなく、自分のペースで働ける。それだけでも、独立して良かったと思える日もある。甘くなかったけど、全部が無駄だったわけじゃない。この場所を、もう少しだけ守っていきたい。そう思えるうちは、きっとまだやれる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。