赤い印が導く依頼人
午後の来訪者は記憶を無くしていた
ひと雨来そうな午後、事務所のドアが軋んだ音を立てて開いた。 中年の男が一人、ふらりと入ってきた。手には封筒。目は虚ろ。 「登記のことで相談したいんですが……」と、か細い声がした。
封筒に残された一通の委任状
男が差し出した封筒には、やけに古びた委任状が入っていた。 日付は三ヶ月前。依頼人名と押印があるが、どれもどこか歪だ。 「ご自身の筆跡じゃないですね?」と尋ねると、彼は黙ってうなずいた。
シンドウの違和感
住所はあるのに家がない
委任状に記された住所を調べてみると、登記はある。だが建物がない。 現地の写真を見ても更地で、誰の気配もない。 「サザエさんちですら、波平がちゃんと手入れしてるのに…」と私はぼやいた。
登記簿に刻まれた赤い印影
登記簿謄本には、あの赤い印影がはっきりと残っていた。 いわゆる「認印」にしては珍しく、朱肉の色が濃く、押し方も妙だ。 しかもその印影は、過去に一度だけ使われた記録があった。
サトウさんの冷静な指摘
筆跡が一致しないことの意味
「この筆跡、三ヶ月前のじゃないですね。もっと古いインクです」 サトウさんが虫眼鏡で委任状を覗き込みながら言った。 私は慌てて「ほんとに29歳か?探偵団の博士だろ」と突っ込んでしまった。
サイン欄の位置が語る過去
「ここ、署名欄が上すぎます。古い書式のクセですね」 そう、今の司法書士事務所では使わないレイアウトだった。 つまりこれは、十年以上前に作られた書類という可能性が出てきた。
誰かが書類を改ざんした
公図に残された手書きの痕跡
市役所で閲覧した公図には、謎の手書きの丸印が残っていた。 そこには“納屋”という文字が書かれていたが、現地に納屋はなかった。 誰かが書類を手に入れ、意図的に過去の記録をねじまげたのだ。
証明書の日付が一日だけずれている理由
司法書士会に問い合わせた証明書は、委任状より一日古かった。 なぜわざわざ日付を一日後に改ざんしたのか? 「おそらく死亡日と重ならないようにしたんですね」とサトウさん。
記憶の鍵は司法書士会の記録に
十年前の登記に浮かび上がる別の司法書士
調べると、かつてこの物件を扱った司法書士の名前が出てきた。 彼はすでに廃業していたが、過去に数件の問題登記があった。 印鑑も同じ赤。その頃から仕込まれていた偽装の可能性がある。
赤いハンコの正体と偽名の関係
男の本名と登記上の名前が一致しないことが決定的証拠となった。 赤い印は、他人の名義で不動産を押さえるための偽装だった。 そして依頼人は、十年前の事故で記憶をなくしていた元の所有者だった。
すべては仕組まれていた
相続放棄の影に潜む動機
その不動産を相続放棄したのは、依頼人の兄だった。 しかし兄は放棄後に赤い印を使って、物件を自分名義で登記したのだ。 「身内が一番信用ならんとは…」私はつぶやいた。
シンドウの一球が全てを変えた
旧所有者の記憶が戻りはじめたとき、彼はこう呟いた。 「そうだ…あの赤いハンコ、兄貴が…」 私はすぐに登記の無効を申し立て、物件は本来の名義に戻された。
記憶を押す赤い印
真犯人の狙いとその末路
兄は不正登記と印影の偽造で告発され、刑事事件となった。 あの赤い印は、記憶を失った弟に押させたものだった。 司法書士会の記録と、私たちの調査が決定打となった。
サトウさんの一言とシンドウの溜息
「ハンコの色より、脳ミソの方が濃かったですね」 冷ややかにそう言い放つサトウさんに、私はまたため息をついた。 「やれやれ、、、もう少し普通の依頼が来てくれんかね」