登記簿が暴く遺産の迷路

登記簿が暴く遺産の迷路

遺産分割協議書に残された違和感

それはいつものように、うんざりするほど地味な相続案件から始まった。 依頼人は50代の男性で、父の遺産分割協議書の作成を依頼してきた。 ただ、協議書に添付された原案を見た瞬間、サトウさんの眉がピクリと動いた。

日付の空白が示す不自然な沈黙

問題は、協議書の作成年月日の欄が空白だったことだ。 「これ、なんで書かれてないんですか?」と尋ねると、依頼人は「ああ、兄貴が急いでて」と曖昧な返事。 だが、こういう時の曖昧さこそ、地雷の匂いがする。

押印の筆跡が語る別人の存在

さらに妙なのは、兄の押印部分の字体だった。 実印とは思えぬ、妙に震えた筆跡に、まるで小学生が親のフリをして書いたような違和感がある。 まさか、とは思いながらも、嫌な予感は拭えなかった。

依頼人の語る兄との確執

雑談のふりをして探りを入れると、依頼人はぼそりと「実は兄貴とはずっと疎遠で……」と漏らした。 理由を聞くと、「俺の嫁と折り合いが悪くてね」と、まるでワカメちゃんがサザエさんと喧嘩するみたいな話。 だが、兄弟が絶縁しているのに、スムーズに協議が進むわけがない。

生前の口約束と遺言の不一致

依頼人は「父は生前、土地は俺に任せるって言ってた」と言う。 だが遺言書には、逆に兄に土地を遺贈すると書かれていた。 口約束と文書の矛盾、それは火種でしかない。

隠された通帳が語る真実

サトウさんが何気なく「お父様の通帳はすべて確認されましたか?」と尋ねた。 依頼人はぎくりとし、「いや、兄貴が全部預かってて」と目を逸らした。 その瞬間、我々の脳裏にひとつの可能性が浮かんだ。

現地調査で見つけた未登記建物

現地調査に赴いた私は、うっかり靴を泥で汚しつつも、家の裏にひっそり建つ平屋を見つけた。 表の登記簿には載っていないその建物は、明らかに長年使われている痕跡があった。 「ここ、誰か住んでた可能性ありますね」とサトウさんが言った。

地番と家屋番号の微妙なズレ

固定資産台帳を確認すると、隣地の建物と家屋番号が接していた。 どうやら建物は隣の名義に紐づけられ、あえて登記されていなかったようだ。 これは意図的な隠匿の匂いがする。

昔の名義が意味するもの

調査を進めると、その建物の昔の電気契約者は、依頼人の父ではなく、ある「K.T」という女性だった。 しかもその人物、父の死亡届にも記載がない。 一体、何を、誰から隠そうとしていたのか。

家庭裁判所から届いた封筒

数日後、依頼人から家庭裁判所から届いた封筒を見せられた。 中には、調停の申立書と、驚くべき人物の名前が記されていた。 「K.T」――未登記の家に関係する女性が、相続人として現れたのだ。

調停申立書に記された意外な名前

彼女は、父と長年同居していた内縁の妻で、別に子どももいた。 だが、認知も養子縁組もされていないため、正式な相続人ではなかった。 そのため、調停によって自らの権利を主張しようとしていたのだ。

実はもう一人いた法定相続人

だが更に驚いたのは、依頼人が知らなかった腹違いの妹の存在だった。 戸籍を辿ると、戦後すぐに認知された女性の名前が出てきた。 もはやこれは、家族劇場を超えた法廷ミステリーだった。

サトウさんが指摘した矛盾点

事務所に戻ると、サトウさんはスキャンした戸籍一式を見ながら、ぼそっと言った。 「この子、亡くなったはずなのに、除籍されてませんよ」 その指摘が、すべての流れを変えた。

添付書類のミスリード

依頼人が持ってきた戸籍謄本は、最新のものではなかった。 しかも、その中に死亡の記録がない人物が「故人」として扱われていた。 誰かが意図的に情報を伏せたのだ。

地味な一通の戸籍が突破口に

法務局で取得した改製原戸籍には、現在も存命とされる人物の記録があった。 その人物こそ、父の最初の妻との子、つまり法定相続人だった。 ようやく核心にたどり着いた。

シンドウの地味な現地聞き込み

私は再び現地を訪れ、近隣の高齢女性たちに話を聞いた。 「あの人ねぇ、若い頃はよく女の人と入れ替わってたわよ」 なんだかルパン三世の不二子みたいな話まで飛び出してきた。

近隣住民の証言がつなぐ過去

「ここの家、元は違う人のものでね」 そう語る近所の八百屋のご主人が、昭和の新聞記事を保管していた。 そこには、火災後に土地の名義が変わったことが書かれていた。

元野球部的根性で粘った調査

私は粘りに粘り、かつての所有者の登記簿まで辿った。 一球入魂、甲子園予選でフォアボールを選んだ時のような気力で。 ようやく、土地の不自然な名義変更が判明した。

決定的証拠は登記簿の付記情報

登記簿の中でも見逃されがちな「付記情報」。 そこに残された仮登記の記録が、すべての時系列を明らかにした。 「これ、30年前の売買契約ですよ。名義移転してないだけで」とサトウさん。

第三者の仮登記が浮かび上がらせた謎

仮登記の名義人は、依頼人の父ではなかった。 つまり、父が所有していたと思われていた土地は、実は他人名義だった可能性がある。 この誤解が、すべての誤算の発端だったのだ。

過去の抵当権から見える人物相関

過去の抵当権の設定者に「K.T」の名前が出てきた。 父と彼女は、金銭的にも繋がっていたらしい。 それは、愛か、それとも別の打算か。

シンドウとサトウがたどり着いた結論

我々は、遺産分割協議が無効である可能性を指摘した。 その上で、すべての相続人を確定させる必要があると伝えた。 「こういうときは、調停しかありませんね」とサトウさんは淡々と言った。

相続放棄に隠された策略

兄が相続放棄をしたように見せかけていたが、それは形式的なものでしかなかった。 彼は裏で財産を得るため、未登記の家にK.Tを住まわせていたのだ。 やれやれ、、、まるで怪盗キッドの変装トリックじゃないか。

遺産分割協議のやり直しへ

調停が始まり、すべての関係者が顔を揃えることになった。 もはや単なる家庭の問題ではなく、法的な争いに突入した。 私たちの役目は、正しく手続きを整えることだけだ。

依頼人の涙と小さな和解

調停の場で、依頼人は腹違いの妹と向き合った。 「ごめんな……知らなかったんだ」 その言葉に、妹がふっと微笑んだのを私は見逃さなかった。

もつれた家族の絆が見せた光

書類上だけでつながっていた家族が、少しだけ本当の意味で繋がった瞬間だった。 法だけでは解決できない何かが、そこにあった。 それでも私たちは、法律で支えるしかないのだ。

サトウさんの一言で場が締まる

「まあ、たまには涙も悪くないですね」 塩対応のサトウさんが珍しく柔らかい声を出した。 私は黙ってうなずくしかなかった。

やれやれ、、、今日も一日長かった

事務所に戻ると、パソコンの前で腰を落とした。 コンビニで買ったチキン南蛮弁当が、なぜか涙でしょっぱく感じた。 ふと窓の外を見上げると、雲の隙間から月が顔を出していた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓